高校のクラスメイトだった女の子が妊娠したらしいから産婦人科について行った話、もちろんヤった相手は俺じゃない。

第11話 ’９２ 前みたいに甘やかしてくれへん

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「なあセンパイ、どないしたん？　なんかさっきからボーッとして」

　そんなことを言われて我に返ると、舞子駅から乗り込んだバスの隣の席から、小夜ちゃんが不思議そうな表情で僕の顔をのぞき込んでいた。

「え？　いや、ボーッとしとった？　俺、キリッとしてなかった、いつもみたいに」

　実は初めて小夜ちゃんと行ったデートらしきものを思い出していた、なんて恥ずかしくて言えなかった僕は、咄嗟にそう言って誤魔化した。すると……。

「フッ、センパイがキリッとしてたことなんて無いやん！」

　などと言って、小夜ちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。お腹をおさえて、少し前屈みになった姿勢で。

「ひどいな、たまにはキリッとしてたんやけど。覚えてないか？」

「してへん、してへん！　あ、でも、一番最初は話しかけにくかったかなあ。キリッっていうよりも、『俺に話しかけるな』みたいな雰囲気がちょっとあった！　そやから、センパイに声かけられた時にビックリしたし、それにまさかオタクなセンパイやとは思わへんかった」

「オタクって言うなや。俺はそこまで踏み込んでへんのやから」

　僕はそう言って少しため息をついたのだけれど、この話題は小夜ちゃんから何度か聞いた話だった。

　どうやら僕は自分が思っているよりも人見知りが強いらしく、初見の小夜ちゃんからは声が掛けづらかったという話。村澤さんのような社交性の高い女子ならいざしらず、小夜ちゃんにとっては『ちょっと話しかけにくいセンパイ』という扱いだったらしい。

　実はそれは大学入学当初にもあったことで、大学の友達や先輩にも『四月のお前はピリピリしてて話しかけづらかったわ』と、少々呆れられながら言われたところだった。つまり僕は新しい環境や、新しい人付き合いの場所では自分が思っている以上に緊張しているらしくて、まあ言ってみれば『最初の印象は結構サイアク』という人種だったようだ。

「へえ、じゃあセンパイまだ大学では隠してるんや？　オタッキーなこと」

　いたずらっぽい目をして小夜ちゃんがそんなことを言ったので、僕はその可愛い口元を軽くひねってやった。

「もうっ、痛いって！　あーあ、最初の頃はセンパイ優しかったのになあ。切符を探しに汽車まで戻ってくれたし、行きたいところに連れていってくれたし」

「そんなん、今は優しくないみたいやん」

「うーん、まあ優しいけど、前みたいに何でも甘やかしてくれへん」

「甘やかす、って……、いや、それ」

　そのとき僕はそう言ってから、確かに甘やかすというか、過度に小夜ちゃんに気をつかっていたかもしれないと思い返していた。

　それは彼女が母子家庭だったり、一人娘で兄弟も姉妹もいなかったりという環境を僕なりに気遣っていたことに加えて、僕自身が三人兄弟の一番下だったので、一つ年下の小夜ちゃんが妹みたいで可愛かったから、ということもあった。

　だから『甘やかす』といった彼女の表現はあながち間違ってはいなくて、そしてそのことに小夜ちゃんが気づいていたことを、僕は少しだけ驚いたのだった。

　△

　片側二車線の緩い坂道を、僕たちを乗せた市バスが上っていく。僕は隣の窓側に座っている小夜ちゃんの様子をうかがった。

　小夜ちゃんは初めて見る景色が珍しいらしく、興味津々な表情で外を眺めていた。その顔は本当に可愛らしくて、どうしてこの子が僕と付き合ってくれたのだろうかと、ふと真面目にそんなことを思ってしまった。

　僕はこのとき十九歳の健康な男子として、極めて普通に女性のことには興味はあった。

　一人暮らしを始めた部屋にはダビングをしてもらったアダルトビデオはあったし、当然ほかにもエロ本だの何だのという健康な男子なら持ってるはずのものもあった。小夜ちゃんが来るというので数日前から隠してはいたけれど、本気になって彼女が部屋を探したら、ものの十分で見つけただろう。

　でも僕はこの時まで小夜ちゃんをそういった対象に見たことはほぼなくて、彼女は可愛い妹の延長で、将来小夜ちゃんとそういうことをするにしても、もう少し先のことなんだろうな、と素直に思っていたのだった。

　――言い訳をするようだけれど、この二日前に上原先輩とあんな話をして、あんなモノを貰うまでは、本当にそう思っていたのだった。