第12話   〃 あんまりそういうのは、ちょっと僕は……

◇  ◇  ◇


「へえ、尾崎んとこの彼女、今度来るんや」


 それは小夜ちゃんが僕のアパートに来る二日前のことだった。アルバイト先で世話になっている同じ大学の先輩と、そんな話になった。


 世話になっている人は上原先輩といって、僕より二つ年上だった。出身は熊本だったか佐賀だったか確か九州で、性格も明るくサッパリしていて、僕は一人暮らし同士ということもあって先輩のアパートに何回か遊びに行かせてもらっていた。


「ええ、まあ。僕の部屋がどんなんか見に来たい、言うて、来るみたいです」


「ふーん。で、もうやったん?」


「え……、えっ?」


 さすが九州男児というのだろうか、それともビールを飲んでいるからなのだろうか、めちゃくちゃ直接的に僕は聞かれた。


 もうやったん? と聞かれて意味が分からない僕でもない。それがオトコとオンナの関係のことを言っているのだと、そのときすぐに理解は出来た。


「え、いや、だって、彼女、まだ高校生やし……」


「そうなん? 別に普通ちゃうん?」


 そう言って上原先輩はビールを飲んで、おつまみの缶詰を開ける。僕はその『普通』がどの程度の普通なのかを図りかねて、黙って上原先輩の話の続きを待った。


「だって俺、九州から彼女が来たときにしたけど」


「はあ、そうですか」


 なるほどそうか、自分の経験からこの人は『普通』と言っているのだと僕は理解をした。


「でも、僕の彼女はまだ高校生やから」


「いや、俺の時もそうやったけど?」


 上原先輩が何事もなさそうにそう言う。僕はまた、黙って先輩の話の続きを待った。


「夏休みやったかなあ……、泊まりで遊びに来るっていうから、その時に」


 本当に大したことでもないように上原先輩が言うので、僕は思わず尋ねてしまった。


「まあ九州から来たんやったら泊まりでしょうけど、でもよく親御さんが許してくれましたね。だってまだ高校生やったんでしょ? 一人で娘を泊まりの旅行に行かせるなんて」


「いや、一人と違うで、友達三人連れになって一緒に来たんや」


「へ?」


 僕の頭の中は完全に「……」となった。友達三人と泊まった? その時にした? まさかいわゆる乱交? と、そんな僕の頭の中が伝心したのか、上原先輩が「違うわ、アホ、俺は変態ちゃうわ」とゲラゲラ笑う。


「友達二人はホテルに泊まって、彼女はウチに泊まったんや」


「ああ、そうなんですか、でも……」


 この時僕は思った。当然一人暮らしの彼の家に泊まりに来るのなら、女の子もそういう気持ちがあったのだろう。だから僕のところとは話が違うんじゃないか、と。


「でも、ウチは泊まりに来る訳やないですし、夕方には送り出さんとあかんから」


 僕がそう言うと、上原先輩が「そんなん、わからへんやん」と目を細めたのだ。ビールで多少酔っているのか、先輩の目元は赤い。


「だって考えてみたか? わざわざ部屋が見たいって来るんやろ? 百パーセントお前となんにもないって想像して来るか? 普通」


「いや、どうです……かねえ」


 普通、なんて言われても、上原先輩の言っている普通は僕にとっての『普通』ではないような気もした。けれど、確かに言われてみれば一人暮らしの男のところに来るときに、、と心の底から思うものなのだろうか。僕が小夜ちゃんをそういう対象にまだ見ていないだけで、小夜ちゃんの方は……まさか。


 考えれば考えるほどに悩ましくなっていく僕の心を見透かしたように、上原先輩はニヤッと笑ってを引き出しから取り出した。それは銀色の個包装に入ったコンドーム、つまり、避妊具だった。


 後々から考えてみれば、いくら僕が多少ビールを飲んでいたからといっても、この時に銀色の物体を受け取るべきではなかった。


「備えあれば憂いなし、いうヤツや」


 そんなオッサンのようなことを言って、上原先輩はそれを僕に投げ渡す。その小さな物体は、緩い弧を描いて僕の手のひらにポトリと落ちてきた。


 困惑した僕の顔を見た上原先輩は、「別にええやん、使わへんかったって、財布の中に入れておいたらええんやから。そんなん尾崎に『絶対使え』なんて俺も言わへんし」と、またしてもゲラゲラと笑っている。


「そやけどな尾崎」


「はい……」


「一回ぐらい聞いてもバチは当たらへんのと違うか? 嫌や、って言われたら『すいませんでした』って土下座したらええんやから」


「いや、そんな安易に……」


 否定しようとした僕を、上原先輩は手で止めた。


「まあまあ聞いとけ尾崎。『俺のこと嫌いか?』って聞いて、それでも嫌や、って言う女はそもそもお前に惚れてないんやから、そんなん無理矢理したらアカンけどな、付き合ってるんやったら、それくらい聞いてみたらええんや」


「あんまりそういうのは、ちょっと僕は……」


 その上原先輩の話に、これはまったく参考にならないと僕は呆れてしまった。なにしろ自分の性格ではそういうのは無理だと思ったのだ。


 僕はこの時までコンドームを使ったことはなかった。でもだからといって、財布の中に入れておくのも何だかイヤらしいと考え、小夜ちゃんが来るまでに自分で使ってしまおうとポケットにしまったのだった。

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