第19話 〃 センパイは、大学で他に好きな人ができたん?
◇ ◇ ◇
コンビニの電子レンジで温められた弁当を、僕たち二人は部屋で黙って食べていた。
小夜ちゃんは顔を赤くしながら、ミートスパゲティをもぞもぞと口に運んでいて、美味しいとも不味いとも、何とも言わない。
僕は僕でまったく味を感じないトンカツ弁当を口に入れ、トンカツをゴムのように噛み、そしてコンビニの店員さんと上原先輩に呪詛の念を送っていた。あんなところで声を掛けなくても、いや、そもそも上原先輩がコンドームなんか渡すから――、と自分の失態を棚に上げて。
「小夜ちゃん……、美味しい、かな?」
僕は自分のトンカツ弁当が全然美味しく感じないのに、小夜ちゃんに聞いてみた。小夜ちゃんは少し間を開けて、コクリと一回頷く。でもそれはまったく心がこもっていない様子で、僕はどうやってフォローしたらいいのかわからなくなっていた。
落ちたコンドームを拾った小夜ちゃんが「イヤらしいわ、センパイ! アホ! バカ!」とか言って、その場でプンスカと怒ってくれた方がまだマシだった。ところが現実は「あ……」と言って僕から目を逸らし、つまむようにしてソレを僕の手のひらに落として返したのだった。もちろん無言で。
店員さんのいた場所からは、僕たちの様子はわからなかったのだろう。「えっと、大丈夫ですかあ~、温めますかあ~」という間の抜けた声だけが僕の耳に響いていた。
「あの……、ごめんな、小夜ちゃん」
コンビニを出てから何回目になるだろう。僕は小夜ちゃんに謝っていた。正直に言っていったい何に謝っているのか僕にはわからなかったけれど、コンビニを出てから僕は何度も謝っていた。なぜなら小夜ちゃんが何も言葉を発さなかったから。
最初は無言で怒っているのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしいことも分かってはきている。僕の見る限り、小夜ちゃんも何を言っていいのか分からずに、混乱をしているのだと思った。
「小夜ちゃん、あんな……。その、拾ってもらったアレ……な」
アレ、という単語に、小夜ちゃんの動きがピタッと止まった。
「アレな、この前、俺の先輩に貰ったんや。別に俺が買った訳やないからな。その……、上原先輩いうて、バイト先の人なんやけど、たまにご飯食べさせてもらったりしてるんや。ハハハ……」
そこまで言って僕はトンカツ弁当をまた食べ始めた。やっぱり味はしなかった。すると小夜ちゃんが一呼吸置いてから「そうなんや……」とポツリと言った。驚いた僕が小夜ちゃんの方を見ると、一瞬だけ目が合って、そして小夜ちゃんはまたスパゲティをつつき始めた。
「そう、そうなんや! 別に俺が買った訳でもないし、上原先輩に無理矢理押しつけられたんや。えっと、そうそう『お前、彼女来るんやったら持っといた方がエエ』とか言われて、備えあれば憂いなし、とか、自分の時はどうやった、とか……、そんな……、下らない話を……してきた……んや。で――、俺はな、こんなん、捨てようかな、と、思ってたんや……けどな」
言い終えてから、いや、言っている途中からも、僕は自分がなんてバカなんだと思った。
無理矢理押しつけれれた、とだけ言えば良かったじゃないかと後悔をした。小夜ちゃんに言い訳をし始めてから、どんどん自分でドツボに嵌まっていったのだ。捨てようかな、と思っていたはずのものがどうして財布にはいっているのか? そう小夜ちゃんに聞かれたら僕にはもう答えようがなかった。
「そうなんや……」
小夜ちゃんは、壊れたテープレコーダーのようにまた同じ事を言って、本当はもう食べたくもないだろうスパゲティをつつく。
「うん……。そう、ごめんな」
僕ももうトンカツを食べる気を無くしていたけれど、まだ半分以上残っているので仕方なく口へと運ぶ。
「センパイ、なんで、謝るん?」
トンカツの切れ端を噛んだ瞬間、小夜ちゃんが事件以来初めてまともなことを口にした。僕はトンカツを無理矢理飲み込んで、返事をしようとした。けれど、どうして小夜ちゃんに謝っているのか自分でもわからなかったので、早速に口から言葉が出てこない。頭の中で考えながら、ようやく一言一言を紡ぎ出していく。
「いや、あの……。そうやな、小夜ちゃん、そういうの、嫌やったやろうから、謝らなあかんなと思って。それと、俺も恥ずかしかったし。ごめんな」
さっきの窮屈な弁解とは違って、僕は一応自分の言葉で気持ちを伝えることはできた。ただそれが小夜ちゃんに伝わったかどうかは別問題だったけれど。
その小夜ちゃんは僕の話を聞いてから、困惑したような微妙な表情で僕を見返していた。ああ、これは伝わってないかもな、と僕が思った次の瞬間、小夜ちゃんは予想外のことを漏らした。
「センパイは、大学で他に好きな人ができたん?」
その言葉の意味を理解するのに、僕はいったいどのくらい時間が掛かっただろう。感覚でいうと、たっぷりと五~六秒かかったように思う。
「はあ? なに……それ」
「そやから、大学で、他に好きな女の人できたんかな? って。センパイに……」
「な、なんで?」
この時の僕には小夜ちゃんの論理の飛躍がわからなかった。でもその次の彼女の言葉を聞いて、確かにそういうこともあるかも、と事件を振り返った。
「だってセンパイ、財布に入れてるってことは、そういう関係の女の人がおるんかな、って……思ったから」
ここにきて僕は、どうして小夜ちゃんがずっと黙ったままだったのか、という理由をようやく理解したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます