第04話   〃 アニメイト……、なあ

「で、ホンマに尾崎センパイ、タバコ吸いながらパチンコするんですか? なんか見た目とかイメージと違うんですけど」


 川城かわじょうに聞いた噂話を、村澤さんは僕に問いただす。


「あのなあ……。アイツの話は大げさなんや」


 確かに僕は隠れてパチンコ屋には入ったこともある。しかしそれは川城も一緒のことだし、ここから一時間以上も離れた街のことだし、それにさすがに僕はタバコは吸わない。


「でも、尾崎センパイって一組の人やし、見た目からしてマジメそうやのに意外なんやな、って、さっきも小夜香と話しとったんです。な、小夜香」


「う、うん……」


 小夜ちゃんは村澤さんに促され、イラストを描く手を止めて仕方なさそうにそう頷いた。一瞬僕と視線が合ったけれど、すぐに目を手元に戻す。


 果たして彼女の中ではNHKのアニメを見ていて、休日に一人寂しく街をブラつき、タバコを吸いながらパチンコだってする(らしい)という僕がどんなふうに映っていたのだろうか。それは『意外』というより『意味不明』に映っていたに違いない。


「いや……、俺タバコは吸わへんけどな。さすが――」


「それでな、センパイ!」


 僕が『さすがに』、と言い終える前に村澤さんがトンッと机に手をつき、前のめりになって声をあげた。女子高生らしい可愛い黄色い声を。


「なに?」


 何ごとだろうとビクつきながら村澤さんを見返すと、彼女は先ほどのニヤッとした笑みを顔に浮かべながら僕に言ったのだ。


「私らも連れて行ってほしいな~、と思って!」


「私って、村澤さんと倉本さん? まさか二人をパチンコに?」


「違う違うセンパイ。そんなんパチンコな訳ないやんか! な、小夜香。小夜香も言うてたやん、アニメイトに行きたいけど、怖いから入られへんいうて」


「え、アニ……メイト?」


 思いもしなかった単語を耳にした僕が固まったまま小夜ちゃんの方を見ると、その小夜ちゃんは少々非難めいた目をして村澤さんを見上げていた。


 アニメイト。


 当時はそれが出来て数年だっただろうか、確か僕が中学生の時に店が出来た覚えがある。


 あの時のアニメイトは本屋さんの二階にあった。折れ曲がった階段を上ればそのワンフロアがアニメイトだったのだけれど、当時のアニメイトは『ド田舎の女の子が入りにくい』、という気持ちになることがわからないでもない空間だったことは確かだった。


「アニメイト……、なあ」


 僕がもう一度口に出すと、村澤さんが唇にニヤリと笑みを浮かべる。


「尾崎センパイは入れるんでしょう? だって一人でパチンコ屋に入れるんやもん」


 美少女の口からパチンコ屋という言葉が連呼されるのもどうかと思うし、校内でそんな話題が出ることは僕にとっても好ましくない。僕は「まあ、入れんことはないけど……」と、ひとまずパチンコ屋の話題から逸らすことにした。


「で、行くんはアニメイトだけなん? 行くんやったら川城にも言うし、どうせアイツから聞いたんやろ、アニメイトの話も。アイツらと何回か行ってるしな」


 と、僕が川城の名前を出す。すると村澤さんが「あ、川城センパイはアカンのです」と手で軽くバツ印を作った。


「なんでアカンの?」


「川城センパイ、これから六月の終わりまで日曜日はラグビーの試合が入ってるって」


「ああ、もうそんな季節やな」


 高校二年の春の大会だの練習試合だの、大抵の運動部のヤツにはこれがある。県大会とか地方予選とかが無いのは、文化祭まで活動がぼんやりとしている僕たちのような文化部だ。


「じゃあ、君らの他には? 誰か行かへんの? アニメイト」


「うん、私らだけ。な、小夜香」


 何度目だろうか、村澤さんに同意を求められた小夜ちゃんは、「う、うん……」とやっぱり気まずそうに首を縦に振った。とにかくさっきから小夜ちゃんは「うん」としか言っておらず、会話に参加しているような、していないようなそんな感じだった。


「つまり、俺が、君らを連れて行くん? アニメイトに」


「そう! 尾崎センパイ、アカン?」


 美少女に小首を傾げられて「アカン?」と聞かれて、「いや、無理」と言えるほど僕は邪心の無い人間ではなかった。


 もしかしてこの子、まさか僕に? なんてよこしまな心はもちろん沸いていたし、本命というか、仲良くなるのは村澤さんの方だとこのときは思っていた。


 そして、なし崩し的に約束をした三日後の日曜日。僕は休日の早朝から切符を買い、多少緊張をしながら汽車に乗ったのだった。

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