第16話   〃 あっ、それ私も好き!

「なあ、倉本さん。そんな思い出し笑いするほど面白かったかな? アレ?」


 僕の目の前には、オレンジジュースを飲もうとしては吹き出しそうになっている小夜ちゃんがいた。


 場所は駅ビルの中にある小さな喫茶店。僕と小夜ちゃんは五時半に出る汽車の時間まで、お茶でも飲んで時間を潰していたのだ。


 そして小夜ちゃんはなぜか、ゲームセンターで僕がプレイした大魔界村のことで思い出し笑いをしているのだった。ゲーセンを出てから結構時間も経っていたし、それからもう一度アニメイトに行きたそうにしていたから、再度本屋さんにも立ち寄った後だというのに。


 僕がコーラの氷をカラカラと鳴らして小夜ちゃんを眺めていると、小夜ちゃんは目尻の涙を拭きながら、また吹き出しそうになっていた。


 いったい大魔界村の何がこんなに彼女のツボにはまったのかというと、主人公の騎士アーサー(だったと思う)が、ダメージを受けたときに甲冑が剥がれて素っ裸になったことだった。


 まあ確かに甲冑が脱げて裸になるのはシュールだとは思うし、僕もアーサーが素っ裸になった時には「ヤバッ、また素っ裸や。甲冑くれ甲冑!」とプレイしながら突っ込みは入れた。けれど一時間以上も経ってからまた吹き出すほどのことだろうか?


 このときの僕は『倉本さんの笑いのツボってわからん』、と一人で首をひねっていた。


 そんな中、ようやく小夜ちゃんの発作が収まって、なぜかちょっと拗ねた表情で僕に恨み言のようなことを言った。


「だって尾崎センパイの突っ込みがおもろいんやもん。『寒い、寒い! 甲冑!』とか言うて、学校におる時のセンパイと全然違うし!」


「まあ、ゲームしたら人が変わる言うしなあ」


「もうセンパイ変わりすぎやって! 明日から部室で真面目な顔して本読んでる尾崎センパイ見たら吹き出すかも。ホンマにセンパイがこんな人やとは思わへんかった」


「いや、それってなんか、酷いように言われてる感じがするんやけど、ええ意味で、やろ?」


 『こんな人やとは思わへんかった』という部分は、いい意味だろうとは思ったけれど、一応僕は再確認をした。すると小夜ちゃんはプクッと頬を膨らませてちょっと悔しそうに言う。


「もちろんええ意味で、ですよ! 悔しいけど」


「ええ……、悔しいって、そんな悔しがらんでもええんと違うん? なんか悔しいことあった?」


 そんな僕の言葉に、小夜ちゃんは唇を少し突き出して何かをボソボソと呟いた。ん? と僕が耳を寄せると、「私が勘違いするから」という台詞が聞こえてくる。


「勘違い、ってなに?」


 疑問に思った僕がそう聞くと、小夜ちゃんは残ったオレンジジュースを全部飲み干したあと、「もうええんです」と、やはりちょっと拗ねたように小さな声で答えた。この『勘違い』の意味を僕が知ったのは、かなり後のことだった。その話をしてくれた時の小夜ちゃんも、やっぱりこの時と同じようにちょっぴり悔しそうにしていたのだけれど。


 そんな大魔界村のたわいもない話をしているうちに、汽車の時間が近づいてきた。小夜ちゃんがピンクの可愛い腕時計を確認して「尾崎センパイ、もうそろそろ時間ですよ」と催促をする。時間を見ると、発車時刻の二十分前。川城たちといる時だったら『気が早いって』と言っていただろうけれど、僕はレシートを持って素直に席を立ったのだった。


 △


「尾崎センパイ! ここの分は自分で払うつもりやったのに! ボウリング代だってセンパイが払ってくれたんやから!」


 店を出た僕に、背伸びをするようにしながら小夜ちゃんは非難めいた声を出した。僕はホームへの階段を降りながら、小夜ちゃんに向かって手のひらをヒラヒラとさせる。


「いや、ええって。三百円やったもん、オレンジジュース」


「でもそんなん……」


「ああ、じゃあ今度学校でピクニック奢ってくれたらええから、いちごヨーグルトのやつな」


 当時、僕の高校の自販機には何故か缶ジュースや缶コーヒーがなかった。あったのはカップベンダーか紙パック入りのジュースだけで、なぜ缶の自動販売機がなかったのか、それは今をもってしても謎で不明だ。


 で、このとき僕が言ったのは、いちごヨーグルト味の森永ピクニックで、紙パック飲料のやつだった。


「あっ、それ私も好き!」


 階段を降りきったところで小夜ちゃんはまたしても「好き!」と声を上げる。それは単に自分と同じ味のピクニックが好きだ、という意味だと分かってたはいたけれど、僕はまたしても周囲をそっと確認してしまう。


「どうしたんです? 尾崎センパイ」


 そんな僕の心配など知るはずのない小夜ちゃんは、僕の行動を不審に思ったのか、キョトンとした顔でそんな疑問を口にする。その表情は本当に素直な感情を表していて、僕は『素直で可愛らしい妹とかいうのは、こんな感じなんだろうか』と、一瞬想像をした。


「え? ああ、いや、百円玉とか落ちてへんかなあ、って探してみたんやけど」


 僕が照れ隠しにそんなことを言うと、小夜ちゃんはキョトンとした顔から一変し、こらえきれないようにプッと吹き出した。


「プッ、もう! 尾崎センパイ、ホンマに学校の時の全然違うんやもん! そんなん言う人やって思わへんかった!」


「そうかな、割とこんな感じやけど」


「一組の先輩やから、もっともっと真面目なんやと思うてた」


「それ、あんまり関係ないんと違うかな」


 僕と小夜ちゃんは、そんな話をしながら東一番線へと歩いて行く。その向かった先にあるホームには、客車の一番最後尾の青い塗装色が見えていた。

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