第28話   〃 二人で話したらええやん

「とにかく尾崎ザッキーセンパイと小夜香のことやけど、今日はキッチリとケリをつけてもらわんと困るんや! 今年のことは今年の内に、っていうヤツ!」


 村澤さんがちょっと怖い顔になって、テレビコマーシャルでいいそうなセリフを吐いた。


「ほんまに、年が明けたら入試センター試験すぐやし、受験本番まで時間もないいうのに」


 ブツブツとそう続ける村澤節を聞きながら、ああこの感じは久しぶりだわ、と僕は自分のことなのに少々可笑しくなってしまった。


「なんやザッキー、ニヤッとして、なんで笑ってるん?」


 バックミラーに映った僕の顔が笑ったように見えたのだろう、めざとく見つけた川城が余計な事を言う。本当にコイツは気づかなくてもいいことに気づくヤツだ。


 僕が笑った、という川城の言葉が、村澤さんに対して火に油を注ぐようなものだったことは言うまでもなかった。もう一度後ろを振り向くと、彼女は僕の顔を確認するようにして言う。


「えっ、尾崎ザッキーセンパイ笑ってるん!? もうホンマに……。センパイは去年受験が終わってるけど、小夜香と私は今からなんやで!! 特に小夜香なんて数学苦手やのに、尾崎ザッキーセンパイの大学受けるためだけに週に何日も数学の補習受けてるんやから!」


「美紀ちゃん!!」


 小夜ちゃんはまたしても少々大きな声で村澤さんの言葉を遮った。けれど村澤節は止まらない。


「なんで、ホンマのことやん? 小夜香ここ最近どころかずっと全然マンガも読んでないし、イラストも気分転換にちょっと描いてるだけやんか。小夜香はそこまでして尾崎ザッキーセンパイの大学に一緒に行きたいんやろ? そんなん今さらここでセンパイに隠してもしょうがないやん。そのために今日来たんやろ?」


 またしても小夜ちゃんは村澤さんに言いくるめられていた。けれど僕はそんなことよりも、小夜ちゃんがまだ僕の大学を受ける気でいたことに驚きを隠せなかった。


 チラリ、と小夜ちゃんの横顔を確認すると、小夜ちゃんは気まずそうに視線を下に落としていた。


「えっと……、小夜ちゃん」


 僕ができるだけ平静を装って小夜ちゃんに質問をしようとしたとき、川城の運転する車が徐々に減速し、そしてどこかに止まった。


「さあ着いたで、後ろの二人はここで降りてくれ。ここから先は、ザッキーと倉本ちゃんくらもっちゃんの二人で話したらええやんか。俺らがおったら話されへんこともあるやろ」


 川城がそういって車を止めたのは、このあたりでは数少ない若者向けの喫茶店だった。


 車が駐車スペースに止まったのを確認し、村澤さんは前席から完全に体をこちらに向けて言った。


「あんな尾崎ザッキーセンパイ、これだけは言うとくけど、小夜香がまだセンパイのこと本気で忘れられへんのはホンマやからな。それに小夜香のこと狙ってる男子は藤原君だけやないから、これ以上ほったらかしにしてたら絶対に取られるで。それから小夜香! ホンマに……これでセンパイと仲直りせな、私、怒るからな」


 怒るからな、という怖い言葉を使った村澤さんだったけれど、その口調は柔らかで、心から小夜ちゃんのことを心配している感じがした。


「さあ行ってこい二人とも。話が終わったら店の公衆電話から俺のポケベル鳴らしてくれ、迎えに来るから。ザッキーにはこのまえ教えたやろ、俺の番号。二人が話してるあいだ、俺らはドライブしながら愛を語ってるから」


「そんなん語るわけないやん! アホの川城センパイ!」


 けたたましいというか、騒々しい二人は僕たちを車から降ろして去って行った。去り際に近所迷惑にもクラクションを二度ほど軽く鳴らして。


 △


 ポツンと駐車場に残された僕が腕時計を見ると、時間は午後の二時前。中途半端な時間だからだろうか、駐車場には車が半分ほど埋まっているだけで、店の中が満員ということは無さそうだった。


 空は曇天とまではいかないけれど曇っていて、気温はもちろん十度もない。駐車場の片隅には一週間ほど前に降った初雪が集められていて、その周辺のアスファルトには黒い水たまりができていた。


 ガサガサっという服がこすれるような音がして振り返ると、小夜ちゃんが寒そうにコートの襟元とマフラーを直している。膝丈まである紺のコートにチェック柄のマフラー、足下は温かそうなボアのついた可愛いブーツ。女子高生の定番ファッションともいえるこの服装は去年も見たけれど、目の前にいる小夜ちゃんは去年と違って少し大人っぽくなっていた。


 車の中で見たとおりに髪も少し伸びていたし、もっとふっくらとしていたはずの頬は無駄なくスリムになっている。僕が、痩せたのかな、と思ったのは間違いで、小夜ちゃんがまた少し大人の女性に近づいていたのだ。


「ああ……、もうホンマにしょうがないな、あの二人は。じゃあ小夜ちゃん、店に入ろうか」


 そう言ってぎこちなくも僕が誘うと、小夜ちゃんはコクリと素直に頷いてくれたのだった。

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