第27話 〃 なあセンパイ、そう思わへん?
「――で、
いつぞやの川城の電話を思い起こさせるような言葉を、サラッと村澤さんは口にした。さっきまで前席で川城と村澤さんがおしゃべりしていた内容なんて、まったくこの質問と関連していなくて、なにが「――で」なのかサッパリ意味が繋がらない。
それに川城と電話をしていた時は、もちろん小夜ちゃんが目の前になんていなかった。ところが今日は隣に小夜ちゃんが座っている。そんな逃げ場のない狭い車内でいきなり核心に触れてくる村澤さんは、やはり恐ろしい女の子だと僕は思った。
「なあ、どうなんセンパイ? 小夜香のこと振ったん? マジで?」
助手席から後ろを振り向いた村澤さんは、ニヤリと笑った。隣からは小夜ちゃんが息をのむ気配がビンビンと伝わってくる。僕は何も言わない訳にはいかなくなって、仕方なく口を開いた。
「いや。俺、振ったりとか、……してへんよ」
「ホンマに?」
確かめるような表情で、村澤さんが僕の言葉に重ねてくる。
「うん。ホンマに」
事実、僕が小夜ちゃんを振ったことはないし、どちらかというと振られた感じになったのは、僕の方じゃないかと自問をした。
「なんや、やっぱりそうなんや。よかったやん小夜香、振られてへんやん。私の言うことが当たってたやろ?」
あまりにもアッサリとそんなことを言う村澤さんに対して、小夜ちゃんは小さく「うん……」と返事をした。けれどその返事はどちらかというと義理で返しただけで、本心から納得したようには僕には聞こえなかった。
「どうしたん小夜香、まだなんかあるん? あっ、もしかして藤原君と
僕が、藤原君ていったい誰? と首を傾げるのと、小夜ちゃんが「そんなん違う!!」と声を上げるのが同時だった。
久しぶりに聞く小夜ちゃんの大きな声に驚いて思わず隣を見てみると、小夜ちゃんは首をすくめて「美紀ちゃん、そんなん……違うって……」と、小さな声で繰り返していた。
前席の方では村澤&川城の二人がクスクスと笑いを押し殺している。僕は何か自分だけが置いてけぼりを食らったみたいで、ちょっとだけ腹が立ったのだった。
そんな僕の少々不機嫌な顔がバックミラーに映ったのだろうか、川城がまたしてもニヤリと笑って村澤さんを肘でつつく。つつかれた助手席の村澤さんはまたまた後ろを振り返って、フフフと笑った。
「あんな
「もう、美紀ちゃん!」
「ええやん、ホンマのことやから。センパイ、藤原君て知ってる? 野球部の、今年三年の」
確かめるような村澤さんの問いに、僕は首を横に振った。一つ年下で野球部の藤原と言われても、どこの誰だか僕は全然知らなかったのだ。
「ああ……、まあ
「ああ、そうなんや……」
そう説明されても僕はその藤原君とやらを知らなかったし、去年の僕が女子に人気があったかといえばまったくそんな気配もなかったので、そういう比較をされても僕にはスルーするしかなかった。
「え?
「美紀ちゃん!」
「なんで? 小夜香もそれで悩んでたんと違うん?」
「そやから、そんなん違うって!!」
そう叫ぶ小夜ちゃんの顔は、泣きそうになっていた。これはいくらなんでも村澤さんのやり過ぎだと思った僕は、「まあまあ村澤さんも……」と適当なフォローを入れた。けれど村澤さんの質問は続いていく。
「でも小夜香、藤原君はまだ可能性があるって思ってるで。小夜香があんな言い方したんやったら」
「……あんな言い方?」
僕が小さく呟くと、「そう」となぜか村澤さんが返事をした。
「小夜香がハッキリ言わへんから」
そう聞いて、小夜ちゃんがどうハッキリ言わなかったのかが気になったけれど、それを僕が聞くのも筋違いだと思って、僕は黙ったままでいた。すると小夜ちゃんが言い訳をするように、ボソボソと呟く。
「いまは無理……。って、ちゃんと言ったのに……」
「それやん小夜香! 『いまは無理』やったら、そのうちOKやと思ってもしょうがないやろ。いつまで無理なん? 受験が終わるまで? それとも完全に
久しぶりに聞く村澤節に、僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。美人だし、頭はいいし、友達の面倒見だっていい村澤さんだけど、僕は文芸部で一緒にいるうちに、この子と一対一で男女交際をするのは自分にはとても無理だといつしか悟った。
この村澤さん相手に、しかもこんな感じの村澤節を何度も聞いているはずの川城が、「付き合ってくれ」と言ったのは単純にスゴイとしか思えなかった。
「なあ!
振り返った村澤さんがもう一度同意を求めてきたので、またしても僕は仕方なしに口を開けた。
「うん……、まあ、どうなんやろ」
「ああ、そうやった……。
話を振られた川城はバックミラーで僕を見ながら「クックック」と笑い、似たもの夫婦と言われた小夜ちゃんは俯いて口をとがらせていたのだった。
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