第09話   〃 あっ! 私も好き!


 改札を出てすぐに見えるアーケード街に、目的のアニメイトが入っている書店はあった。しかし時間はまだ朝の九時を回ったところで、書店が開いている時間ではない。というか、この朝の九時という時間帯に開いている店の方が少なかった。


 アーケード街の入り口に立つと、多くの店舗が開店前なので歩いている人など数えるほどしかいない。それなら一本後の汽車に乗って、時間を遅らせて来ればいいと思うのが普通なのだろうけれど、残念ながら一本遅らせると、次はお昼前になるのだった。本当に田舎の時刻表を舐めてはいけない。


 隣を見ると、小夜ちゃんは人気の少ないアーケード街の中でキョロキョロとしていた。どうしたのか、と問うと、こんな早い時間に来るのは初めてだという返事。


「ああ、そうなんや。俺、川城達と来る時は、いつもこの時間やから」


「でも、なんにもお店が開いてないのに、こんな時間からなにするんです? センパイ達って」


「ああ、朝一から映画見る、とかかなあ」


「朝一から映画……ですか」


 小夜ちゃんは少々意外そうに首を傾げた。


「あんまり見に行かへんの? 映画」


「えっと、子どもの時にお母さんに連れて行ってもらったことはあるけど……」


「ふーん、そうなんや。ウチの家、父さんが映画が好きやから子どもの時からよう連れて来られたわ。でも子どもの見る映画なんか見せてくれへんかった、大人の見る映画ばっかり。そやから他の友達が好きな映画見せてもらえるんが、結構羨ましかったなあ」


 そう言って、僕は自嘲気味に自分の過去を語った。なにしろそれは本当のことで、自分の見たい映画を選んで見られるようになったのは、中学の友達と一緒に見るようになってからだった。


「倉本さんは好きな映画を見せてもらえたん?」


 僕は話の流れで、特に他意は無く小夜ちゃんに話を振った。ところが小夜ちゃんからの返事は、僕が考えてもいないことだった。


「えへへ……、ウチの家、母子家庭やから、ホンマに映画とか行ったことあんまりなくて。子どもの時に見たんはマンガを見せてもらったけど……」


「あっ、ああ……、そうなんや」


 当時はシングルマザーなどという洒落た横文字で呼ぶことはなかった。だからみんながお堅く『母子家庭』と呼んでいたけれど、小夜ちゃんの家がそうだったとはこの時まで僕は知らなかった。


「ごめん――」


「あの!」


 僕が謝ろうとするのと小夜ちゃんが声を出すのが重なる。


「えっ」


「あっ」


「ああ、ごめん」


 結局、僕は何に謝ったのかよくわからないまま、頭を掻いた。


「なんで、尾崎センパイが謝らんでもええのに。べつに、そこまで気にしてもらわんでも……」


 小夜ちゃんはそう言って、僕の方を見上げて多少無理矢理に見える笑顔をつくった。


「うん、まあそやな。別に珍しいことでもないし、川城の家もそうやし」


「え? 川城センパイの家もお母さんだけ」


「そうやで。それからよう考えたら、小学校からの友達でも何人かおったわ」


 僕は自分の知っている友達を指折り何人か数えて、努めて明るく肩をすくませ、そして川城と友達になった経緯を小夜ちゃんに話した。


 川城は小学三年の時に転校をしてきて、最初はなんて濃い顔の同級生だと思ったことや、彼が男三人兄弟で上ふたりの兄と川城がそっくりな顔立ちだったこと。そして、今やラグビー部なんかに入っているけれど、実は小学校高学年からパソコンとゲームとアニメの愛好家で、今でも家にはゴッソリと関連グッズがあることなどを、多少の脚色を含めて語ったのだ。


「でもまあ、なんやかんや言うて川城は親友なんやろうな。『逆襲のシャア』一緒に見に行ってくれたし。でも、そう言うたら去年の春は『ファイブスター物語ストーリーズ』と『宇宙皇子』の映画を一緒に見せられたな。あれって、原作読んでへんから、背景が俺にはサッパリわからんかった」


 そんな話に、まさか反応を小夜ちゃんが示す。


「ええ! ファイブスター見たんですか! ええなあ、羨ましいなあ」


「え、そうなん? 俺、全然話がわからんかったんやけど。好きなん? 『ファイブスター物語ストーリーズ』」 


 聞くと、メカも含めてキャラクターの造形が綺麗で好きだと小夜ちゃんは言った。メカも含めてというところが女の子にしては変わっているなとは思ったけれど、キャライラストが趣味な女の子にはありなのかも知れないと、僕は考えを改める。


「ああ、キャラな。確かに綺麗やったな。キャラのデザインで言うたら俺は美樹本晴彦も好きやけど」


「あっ! 私も好き!」


 珍しく小夜ちゃんが大きな声を出したのは別に構わなかった。でも人通りが少ないとはいえアーケード街の真ん中で、「好き!」と声を上げられた僕は、思わず周囲をそっと確認したくなったのだった。

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