第14話 ’90 ホンマにこれ、投げるんですか
◇ ◇ ◇
喫茶コロンビアで昼食を食べ終わると、時間は昼の十二時半を少しまわったところだった。
小夜ちゃんにどこか行きたい所があるかと尋ねても、いまひとつピンと来ないらしく「どこでもいいです」という答え。
僕がよく行くのは映画館を除けば、電気店、ボウリング場、ゲームセンター、模型屋等々、川城たちと行くとこばかり。あとは当時流行っていたビリヤード、でもビリヤードなんかに小夜ちゃんが行きたいだろうか。
そう思った僕は、じゃあボウリング場にでも行こうか、と誘ったのだったけれど――。
「お、重い……。ホンマにこれ、投げるんですか」
映画館の最上階にあるボウリング場で待っていたのは、ボウリングボールの重さに戸惑う小夜ちゃんの目だった。小夜ちゃんが手に持っているのは七ポンドの球。子供用といってもいいくらいの重さだったのだけれど、小柄な小夜ちゃんには重く感じたらしい。
「いや、そうやな。投げるっていうけど、実際は転がすから、片手で持てたらそこまで振り上げんでもええし――」
ボウリング初心者の小夜ちゃんに投げ方をいろいろと説明し、場内で投げている女性を参考にするようにして試投をしてもらった。――が。
ゴトン、という音とともに球は小夜ちゃんの指先から抜けて、レーンに向かわずに後ろにコロリと転がってきた。その瞬間、小夜ちゃんの顔が真っ赤に染まる。
いやいや、マンガと違うんやから。と、僕は内心思ったのだけれど、初心者の小夜ちゃんをボウリング場に連れてきたのは自分自身なので、なんとか笑いをおさえて球を拾った。
「えっとな、倉本さん。まあいざとなったら両手でこうやって転がしてもええし、とりあえず体の前で離すことだけに集中してみよか」
そう言って僕は球を両手に持って、押し出すようにレーンに転がすポーズをとった。しかしそれを見た小夜ちゃんの頬がプクッと膨らんだ。
「尾崎センパイ……、そんなん両手でしたら、いくらなんでも恥ずかしいやないですか……」
周囲をチラチラとうかがう小夜ちゃんの目は僕を非難していたけど、僕としてはボールを後ろに転がされるほうが恥ずかしい。
「いや、最悪の場合やから。倉本さん初めてなんやからしょうがないって、一ゲームは練習や思うて前に投げることだけ考えよう」
そんなやりとりをして一応始めた最初のゲーム。僕は小夜ちゃんに体の前の方で離すことだけを教えた。このとき僕は初めて小夜ちゃんの手に触れて、その薄さと指の細さに驚いたのだった。こんな華奢な指先からあの上手なイラストが生み出されるのか、と思うと同時に、万が一このボウリングで大事な指や腕にでも怪我をさせたらどうしよう、と不安にもなった。
「倉本さん、手を離すときに指先とか怪我せんようにな。せっかくイラストの本を買うたんやからな。ホンマに両手で転がしてもええんやで」
そんな僕の言葉に発憤したのだろうか、両手で転がすのだけは恥ずかしいと言った小夜ちゃんは、球をレーンに載せることには慣れてきた。ただ、そのほとんどがガターに落ちていったのだけど。
そんな小夜ちゃんが気になって、僕は自分のゲームに集中出来なかった。僕だっていくらなんでも百を切るような点数など出したくもないのだ、とはいえ妙なプレッシャーを感じて簡単なスペアすら取れない悲しい有様。なのに、小夜ちゃんはそんな僕でも上手に見えたのだろうか、真剣な眼差しで僕に言った。
「スゴイ、尾崎センパイ。なんで真ん中に行くんですか? 全然溝にも落ちへんし」
「え、いや、ボウリングはピンを倒す数を競うゲームやから、真ん中投げてるだけやったらアカンのやけど……」
僕は妙なところに感心されても困るので、頭を掻いて席に座ってスコアをつけた。
この頃はまだスコアが自動計算になるほんの少し前で、渡された紙に手計算でスコアを書き込んでいた。
小夜ちゃんのところに『1』とか『2』とか『G』が並ぶのはしょうがないとして、もう八フレだというのに僕のところにストライクはおろか、スペアマークすらないのは恥ずかしい。
僕はため息をついて、八フレの小夜ちゃんが投げる後ろ姿を見守った、どうか真ん中に行ってくれと願いながら。――すると。
カラン、コロン、ガラ……、ガラ……、コロン。
と、まったく力感のない音とともに、小夜ちゃんの投げた球が十本全部のピンを倒したのだった。つまりストライク。最後の十ピンなどは、なんどもグラグラとしてかろうじてコロリと倒れたのだった。
「センパイ! やった、真ん中行った!!」
やっぱり妙なところで喜ぶ小夜ちゃん。普通は全部倒れた、と言うだろうに。
結局僕はプレッシャーに弱いのか、それとも小夜ちゃんを気にしすぎたのか、このストライクがこの日のボウリングで僕たちが出した唯一のストライクになったのだった。
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