学校の中庭に白い彼岸花を見かけたら
「あたしの顔が全部嘘かって、そんなの全部あたしが決めることじゃないかな?」
「そうとも限らないんじゃないか? だって、茜だし」
「何よそれ……」
透はまた小さく笑い飛ばしてくる。やはりあたしのこと、どれだけ子供扱いしても気が済まないようだ。あたしはまたしても透から、もう一度顔を逸してしまった。もっと透のことを見ていたいのに、こんな時にまで素直になれないあたしは、本当に大馬鹿者だ。
すると、目を逸した視線の先に、ふと白く輝くものが飛び込んできた。
「茜はいつも自分の気持ちに正直じゃないから、どれがほんとでどれが嘘かなんかわからないよ」
「それじゃあまるであたしが天然の大嘘つきみたいじゃん……」
「でもだから茜は女優やアイドルとして成功したんじゃないかって、そう思うときがあるんだ。正直な気持ちで、嘘をつける。どんなに嘘をついていたって、しっかり茜の根っこにある感情も混ざっていているから、その複雑な感情の起伏が観ている人の心を捉えるんじゃないかって」
「ごめん透。今のすっごくわかりにくいけど、すっごくあたしを馬鹿にしてることだけはよくわかった」
「まぁ言ってて僕もよくわからないけど、とりあえず茜が不器用だってことは確かだな」
「そして全然あたしをフォローしてくれないんだ……」
透との会話を楽しむ傍らで、そこに咲く白い花とにらめっこする。学校には毎日通っているはずなのに、こんな場所を歩くことなんて滅多になかったから、この花がここまで成長してたなんてこれまで気づいていなかったんだ。
「フォローなんて必要ないだろ? 大女優の蓼科茜ちゃんなんだから」
「透まであたしを『ちゃん』付けして、やっぱりあたしのこと子供扱いなんだね」
「なぁそれより見ろよ。あんな場所に白い彼岸花なんて咲いてるぜ? 白なんて珍しいよな」
「そうやってあっさり話をはぐらかすのもどうかと思うんだけどな……」
だけどそれは偶然なのだろうか。透はあたしが目にしていたものを、同時に目で追いかけていた。学校の中庭の片隅に整然と並ぶように咲いた白い彼岸花は、夕日を背後に受けながら、ゆっくりこちらへ笑いかけているかのよう。
「へぇ〜。透、あの花が彼岸花だってことには気づいたんだ?」
「白は珍しいけど、形はどう見ても彼岸花だろ。間違えようがないし」
「でも透は、白い彼岸花の花言葉を知らないんだよね?」
「は? 花言葉?? そんなの、知るわけないだろ」
そうなんだ。透はこの花の花言葉なんて知らない。何度も教えたはずなのに、その花と花言葉が結びつくことは今まで一度もなかったから。
「思うのはあなた一人、また会う日を楽しみに」
だからあたしは、何度も聞かせたはずのその花言葉を、透にもう一度教えるんだ。
「え。それって確か……」
「この花はね、去年の初夏にあたしがこっそり植えた球根が育ったものなんだ」
そう、ここにこの花を咲かせた犯人はあたし。学校の中で最も人通りが少なくて、誰にも目立つことがないような場所に、あたしが買ってきた球根をこっそり植えたものだった。人は通らなくてもちゃんと陽のあたる場所だったから、こうして今年は咲くことができたのかもしれない。去年はまだ十分に成長できてなかったのか、咲くことはなかったけど。
「そんなことして、先生に怒られなかったのか?」
「いいじゃん。咲いてた花を盗んだわけじゃないんだから」
「盗むというより、こっそり置いた?」
「逆花泥棒ってやつよね。きっと」
もちろんそんな日本語なんて存在しないだろうけど、あたしは花咲かじいさんになったような気分で、少しだけ得意げに笑ってしまう。それを見た透も同じように笑ってはいるけど、どこかほんの少し納得のいかない表情を浮かべていた。ただし逆にそれが面白いと感じてしまうあたしがここにいたりするわけだけど。
「この花、あの七里ヶ浜の海岸にも咲いてたのって知ってた?」
「僕は見た記憶がないけど、この前ステージの上で茜がそう言ってたよな」
「うん。ここの花と同じように、誰にも見つからないような場所でひっそりとね」
あたしは七里ヶ浜の海岸で透に命を救われ、一時的に意識を失う直前、その白い彼岸花が視界に入ってきたんだ。暗かったから情景はあやふやな部分が多いけど、どうしてこんな場所に彼岸花がって、それだけははっきりと今でも覚えている。しかも白い彼岸花だ。あたしは花言葉をとっさに思い出しながら、あたしの消えゆく命がまたいつかこの世に戻ってきて、もう一度透と出逢えることができたらって、そう願っていたんだ。
それが実際には逆の立場になってしまった。こんなことって……。
「ねぇ、透……」
「なんだ、茜」
だからあたしはこの白い彼岸花に、あの時と同じ願い事をかけてみるんだ。
「そろそろ、お別れの時間……かな?」
「…………ああ」
どうしたら涙を見せずに、さよならを言えるかなって。
四十九日なんてもうとっくに過ぎてはいるけど、そんな途方のない願いがもし叶うならば……。
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