白い彼岸花が咲く頃に幼馴染の女子風呂を覗かれたら

鹿野月美

Prologue

プロローグ

 この花、何という花か知っていますか?


 夏の眩しい日差しの中に届いた、生暖かい声だった。

 青い空のように透き通っていて、暗い海のように深く沈んでいて。

 この建物の前で聞こえるということは、声の主は女性声優さんだろうか。

 だけど生きている人が、僕に語りかけてくるはずもないわけで。


「この花の花言葉って、どれも素敵ですよね?」


 僕は慌てて背後の声の方へと振り返る。

 明らかにこの場所にはその女性の気配しか感じなかったから。

 振り返るとそこには案の定、一人だけ、高校生くらいの女の子が立っている。

 黒縁の眼鏡をかけて、黒く長い髪を二本のヘアゴムできちんとまとめていて

 だけどそれをツインテールと呼ぶには、やや地味な印象もあった。


 それでもそこには、その女の子しかいなかったんだ。


「あの、僕のことが見えるんですか?」

「だけどこの花の花言葉は、まだ咲いてないのでわかりかねます」


 花言葉……?

 少女の視線の先には僕ではなく、道端に生えた一本の細長い緑色の茎があった。

 花など咲いている様子はなく、茎がにょろんと伸びているだけ。

 そんなものに花言葉などと言われても、イメージなんてできるはずもない。


「そもそもこれって、花なんでしょうか?」

「この季節に珍しいですけどね。でも咲けば、赤や黄色、白い花なども咲くんです」

「それって何だか信号みたいですね」

「他にもいろんな色の花が咲きますけど、残念ながら青い花は咲きません」


 彼女は僕の質問に淡々と答え、僕の顔を見てにっこり微笑んでいる。

 やはり彼女には僕の姿が見えるようだ。


「赤なら情熱、黄色なら追想といった花言葉があるんですよ」

「花の色によって花言葉が変わるんですね」

「でもひょっとすると、この花の色は白かもしれません」

「白?」

「白い花にはって花言葉があるんです」


 彼女の優しい音色は、僕の身体をぽかぽか暖かい場所へ運んでくれるようだった。

 今更そんな場所に辿り着いて、どうしようというのだろう。

 だけど彼女はそんな場所へ、それでも僕を導こうとしている。


「まるで、あなたと茜さんのことを指しているみたいですね」

「茜のこと、知ってるのか?」

「知ってるもなにも、有名な女優さんじゃないですか。私の憧れの先輩ですよ」


 そうなんだ。僕の幼馴染の茜は、女優をしつつ、アイドル活動までこなしている。

 テレビで見かけない日なんてほとんどないほど、多くの場所に顔を出していて

 僕との距離は長くなる一方。もう二度と、縮まることもないだろう。


「でもだからって、もう女子風呂を覗いちゃだめですからね?」

「な……」

「茜さん、昨晩はあなたを怖がって、今日は一歩も部屋から出てこないんですから」


 彼女はくすっと笑いながら、僕にそう忠告してきた。

 どうやら彼女は茜と同じ女子寮の住民で、僕の正体にも気付いているようだ。

 僕がもう二度と茜と会話することのできない、幽霊だってことも。


 ……あれ? ところでこの花って、結局何の花だったのだろう?

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