負けず嫌いの女の子が涙を見せたら 〜発展〜

 あたしが春日瑠海を模倣し始めたのは、小学六年生の頃だったと思う。透にそう宣言してしまったから。何としても透に負けたくなかったから。春日瑠海を真似ることがなぜ透に勝つことに繋がると思ったのか、きっとそれほどまでにあたしはまだ幼かったのだと思う。


 テレビの中の憧れの人物、春日瑠海のことは一通りなんでも真似てみた。髪型や服装、喋り方から仕草まで、目についたものは赤ペンでチェックを入れて全て試していたと思う。それで目立とうと思った自覚は一切ない。全ては自己満足のため。透にブサイクなんて言われたくなかったから。それがどのような影響を及ぼすかなんて考えたこともなかった。当時のあたしは他人の目なんか気にしていなかったら当たり前なのかもしれないけど、あたしの中で、主にあたしの周囲で、何かが音を立てて崩れ去ろうとしていることに全く気づくこともできないでいた。

 一方、透はというと、それをただ面白がってみているだけだったと思う。今考えると、内心ではあたしを少し心配していたのかもしれないけど、どうせ茜に何言っても聞く耳など持たないだろうとか、そんな風に考えられていたのかもしれない。中学生になるとそれほどまでにあたしの行動は迷走しており、自分でもなぜこうしているのかわかっていないほどだった。当然周囲のあたしに対する目も、冷たいそれへと変わっていった。


 元々友人が多かった方でもない。部活動に入っていたわけでもない。

 あたしは中学校という環境の中で徐々に孤立していった。テストの成績は常に上位で、妬みの声は聞こえてくれど、誰かに『すごいね〜』などと言われたことはもちろんない。透の周囲にはいつも同性の友人がたくさんいたので、あたしなどその間に入れる余地もなかったし、そうこうしているうちに気がつくと、周りに誰もいなくなっていたんだ。あたしは学校の授業が終わると一人で帰るだけ。その繰り返し。それでもほんの少しは周囲の目を気にし始めていたのは、幸だったのか不幸だったのか。


 あたしへの虐めがエスカレートしたのは、中学一年の二学期の終わり頃だったと思う。いや、それまで虐められているという自覚さえなかったのだから、厳密にはもっと前だったのかもしれない。ようやく自覚してきたのがその頃だったという話。

 最初は、クラス全員があたしを無視するということから始まった。何か話しかけても、答えは何も返ってこない。学校の廊下を歩いていても、あたしの周囲半径三メートルには誰も近寄ろうとはしない。でもクラスメイトなんてそういうものなんだと勘違いしていたあたしは、それらを気にも留めていなかったことが余計に悪影響を及ぼしてしまう。徐々にあたしへの攻撃が始まったんだ。

 テレビなどでよく見かけるような嫌がらせは一通り経験したと思う。『死ね』とか暴言を吐かれたことなんて数知れず、あたしの弁当をひっくり返されたこともしょっちゅうだった。階段を歩いていると後ろから突き飛ばされたこともある。何とかうまく処理して足を挫く程度で済んだけど、その日は家に帰宅するまで歩くことさえもままならなかった。


「ねぇ。どうしてあたしにこんなことばかりするの?」


 ある雨の日だったと思う。クラスメイトの一人にこんなことを聞いていた。


「は? お前、頭がいいくせにそんなこともわからないのかよ?」

「わかんないよ! こんなことして、あなたたち本当に楽しいの?」

「別に楽しくはないけどさ、何もしないよりマシって感じなんじゃね?」

「なんでよ? あたし、あなたたちに何か悪いことした?」

「お前本当にテスト以外はバカなんだな。そんなこともわからないなんてさ」


 わからない。わかるわけない。あたしはあたし、みんなはみんなだ。

 あたしがここまでされる理由なんて、そんなの存在しないって思ってたから。


「お前の行動全てが、クラス全員を不快にさせてるんだよ! 全部お前一人がクラスの空気を悪くさせてんだ。その罪くらい、ひとりで償えよ! 本当はお前が消えてくれればみんな幸せになれるのに、それができないからこうして憂さ晴らししてるんだろ? そんなこともわかってなかったのかよ」


 わかっていなかった。……いや、今考えても、わからないが正解かもしれない。

 人が人を虐める意味なんて、それをあたしがわかろうとしていなかったのが原因なんだって、当時中学二年に進級していたあたしはそう考えてしまっていた。そのことが何よりもショックだったし、正直言うと、虐めを受けていた事実よりも、そっちの方がショックは大きかったんだ。


 本当に馬鹿だったあたしは、その一言を全部言葉通りに受け取ってしまった。今受けている虐めは、全て自分のせいなんだって。だから何されても抵抗する気力が失せてしまったあたしに対する虐めは、さらにエスカレートしてしまう。

 それが空気。それが当たり前。それが当然。


 あたしは、あたしだけを責めた。

 中学二年のあの夏の日に至るまで、そんな精神障害を起こしていたのだと思う。

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