負けず嫌いの女の子が涙を見せたら 〜終幕〜
あたしは、夏の夜の海を、ぼんやりと眺めていた。
七里ヶ浜。ここは遊泳禁止区域になっているため、海水浴場になるわけでもない。夏でも比較的静かな海。近くは国道を通る車の音と、たまに走る江ノ電の音が聞こえるくらい。もうすぐその終電を迎える時間だろう。
砂浜に尻餅をついて、ずっと何か考え事をしていたと思う。二時間くらい? 何を考えていたのかももうほとんど覚えていないけど、とりあえずは『ありがとう』と『ごめんなさい』。それを永遠と辿り着く波の音を聞きながら、頭の中を繰り返し彷徨い続けていたと思う。誰に対して? それさえもはっきり覚えていない。多分だけど、両親やクラスメイト、そして透。あたしに関わる人全員に対して、『ありがとう』と『ごめんなさい』を心の内側で叫び続けていたと思う。
あたしは間違えなく、疲れていた。今振り返ると、あの頃あたしがクラスメイトから受けていたのは確かに虐めだったと思う。だけど中学二年のあたしは、その判断さえもできていなかったんじゃないだろうか。全て、悪いのはあたし。自分の存在そのものが、周りの人を苦しめる。クラスメイトや透、何も言わないけどあたしの両親だって、みんなあたしのことを疎ましく思ってるんじゃないだろうか。
それであるならやはりあたしは今すぐここから消えるべきだ。そうすればみんな幸せになれる。そんな風にクラスメイトだって言っていたしね。
今のあたしなら他の選択肢だって沢山考えられるのに。だけどあの頃のあたしはそれさえ思いつけないほど幼かった。そして、最後は無心で海にその身を投げたんだ。
「茜! おい、茜!! しっかりしろ!!!」
あたしは夏の夜の冷たい海の中で、一度は意識を失っていた。ここがきっと、所謂天国という場所なのだろう。そんなことを一瞬考えてしまう程度には、頭が錯乱していたと思う。
「茜! 冗談だろ? まだ生きてるよな? 返事しろよ!! 茜!!!」
必死にあたしの名前を呼びかける声が聞こえる。
誰? その声は、透??
あたしは残された体力を振り絞って、ほんの僅かに目を開いたんだ。
「茜? ……おい、大丈夫か!??」
「…………トオル?」
「ちゃんとまだ生きてるんだな? 今救急車呼んだから、しっかりしろよ?」
「……ごめんね、あたしなんかに巻き込んじゃって」
「何馬鹿なこと言ってるんだよ! こんな時に謝るとか、本当にバカじゃねーのか?」
海の中にあったはずのあたしの身体は、いつの間にか地べたは砂浜で、透の細い両腕の中にいた。その両腕さえもとっくに冷たくなっていて、透の体温も幽霊じゃないかって思える程度だった。まぁ最近知ったことといえば、幽霊になると触れることさえできなくなるのだから、その冷たい体温さえわかるわけないってことかな。だけどその頃の透は、冷たくなってもちゃんと体温だと認識できるほどのものがあったんだ。
「だって、全部あたしのせいなんでしょ? 今こうして透の身体が冷たくなっているのも、全部……」
「お前、今は喋るな。そういう愚痴とか悩みとか、後でまとめて全部聞いてやるから」
「大丈夫だよ。きっとあたしには、もうそんな時間は残されてないから」
「ふざけんなよ!! なにそんな寝言ばかり言って……」
「寝言なんかじゃないって。透はまだちゃんと生きてる。だからこれからも……」
透の顔についた海水の雫、そして涙が、あたしの顔面にある海水や涙と融合する。もう何がどれだかさっぱりわからなくて、ただひたすらに伝わってくるのは無情なだけの冷たさのみだった。あたしはまだ死ぬことを諦めきれていなくて、きっと透にこんなことを言っていたのだろう。仮に助かったとしても、自分が苦しむだけ。周りの人が苦しむだけ。だったらあたしはここで……。
「お前ほんと、ふざけんじゃねーよ!! 茜だってこれからまだ生きるんだよ!」
だけどそれを真っ向から否定してきたのは、透だったんだ。
「茜が何をしたって言うんだよ? 茜がこうして苦しんでるのも、全部茜のせい? お前ほんと、バカじゃねーのか? あんなにテストの成績だっていつもいいくせに、どうしてそんな簡単な問題も解けないんだよ!?」
「あたしは、馬鹿だもん。馬鹿だからみんなを傷つけてることに気づけなかった」
「それが馬鹿だって言ってるんだよ!! クラスメイトのやつに何言われたか知らねーけど、他人同士傷つけ合うのって、そんなの当たり前じゃないのか? そんな話で茜だけが傷つくなんて、それが馬鹿だって言ってるんだよ!!!」
「…………」
正直言うと、この時の透の言葉の意味は、実は全然理解できていなかった。後で振り返ってみて、透の言葉の意味がようやく理解できたのは、今年になってから。六月にあった透の葬式の時だった。
「茜は、これから僕が守ってやる! だから茜は生きなきゃダメなんだよ!!」
透のやつ、何を思ってこんなことを言ったんだろ?
今思うと本当に馬鹿みたいな話で、はっきり言ってあべこべになった気がする。
中学校で透とは、結局一度も同じクラスになったことがない。それがどうしてあたしなんかを守れるんだろって思わないこともなかった。けれど、その言葉はあたしの胸にじんと痛みを伴うほど強く刻まれてしまい、あたしはその言葉を最後に、また再び意識を失ったんだ。
もう一度目を閉じる直前に、透の背後には白い彼岸花が咲いていた。美しく、クリーム色に咲いたその花は、明るい月の夜空の下で輝いている。あたしの頭にはその花言葉がふと浮かび上がり、そのまま瞼を閉じる。次に目を開く場所はどの場所だろうと、また闇の中へと落ちていった。
思うのはあなた一人、また会う日を楽しみに。
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