負けず嫌いの女の子が涙を見せたら 〜発端〜
小さい頃のあたしは、なんでもできると思っていた。
というのも、あたしの両親、特に母親が厳しい人というかなんでもやらせたがるというか、ぱっと思いつくような習い事をほぼ全てあたしに通わせてくれたというのも大きい。そろばんにピアノ、習字、水泳教室に英会話教室。そのせいか小学生のあたしの一週間のスケジュールは、学校という場所以外もほとんど埋まってしまい、友人と遊ぶことのできる日なんてまるでなかったんだ。だけどその頃のあたしはそれでもいいと思っていたし、特に何かを疑うこともなかった。今思うと、それが全てのきっかけだったのかなって、そう考えてしまうこともなくはない。
あたしに友人が少なかったのは、負けず嫌いだったことも理由の一つとしてあると思う。何でも一番じゃないと気が済ますなかったあたしは、学校のテストでもいつも一番だった。それが当たり前だと思ってやってきたし、別に他人がどうとかいうのも気にしたことはほぼない。もちろん、知らず知らずのうちに妬みを買っていたことも、気づくはずがなかったんだ。……いや、本当は気づいていたのかもしれない。だけど、そんなの気にしたところで特に意味はないんだって。言い換えるならば、あたしにあったのは他人に対する無関心だったのかもしれない。そう思うと、小さい頃のあたしはなんて愚かだったのだろうって、今ならそう考えることができるのに。
負けず嫌いだったあたしがたった二つだけ、絶対に勝てないものがあった。
佐久間透と、春日瑠海だ。
もっとも幼馴染の透には学校のテストで絶対に負けたことはないし、かけっこをしても男子の透にやはり負けたことはない。水泳教室に通っていたせいもあったのか、体力や運動神経の面でもそこら辺の男子に負ける気はしないくらいの自信はあった。それでも透には一つだけ、絶対に勝てないものがあったんだ。それが何かというと、ずばりそろばんだ。
しかもそろばんというものは確実に結果というものが数字となって現れてしまうから、それが余計に腹立たしく思えた。あたしのすぐ真横の席で、あたしより必ず先に答えを出し、挙げ句の果てにいつもあたしより正答率が高い。『できた!』と喜ぶ透の自慢げな顔は、明らかにあたしに見せつけるためにやっていたとしか思えない。ひょっとしたら透は、あたしにそろばんでだけは絶対に負けたくないとでも考えていたのだろう。他のものなら他人のことを意識しないあたしでも、そこまで露骨にあたしを意識されると、さすがにあたしも意識せざるを得なかったんだ。だからあたしだって負けじと練習しみてみるも、透はそろばんだけはそれ以上に練習してくる。結局最後まで追いつくことはできなくて、透は珠算一級を持っているけど、あたしは二級止まりだったのは悔しい思い出だ。
「てかあんた、絶対あたしにいつも恨みを持ってるでしょ? テストや体育だってあたしに勝ったことないくせに、なんでそろばんだけはそこまでムキになるのよ?」
小学五年生だった冬のある日。小学校の屋上でそう聞いたことがあった。すると透はあたしの顔を見ながら、こんな風に笑いかけてくるんだ。
「だって、普段無表情な茜が、そうやって露骨に悔しがるからだよ」
「な!? あたし、無表情!??」
「そうそう、そんな顔。いつもクールで他人のこととかほとんど無関心のくせに、僕が挑発するとすっごく可愛い顔になるからさ。僕はそんな茜の顔が見たくてやってるだけ」
「ちょっ……。それってあたしが普段はブサイクって言いたいわけ!??」
「え、間違えなくブサイクでしょ?」
「えぇ〜…………」
まだ小学五年生の女の子だったあたしが、かつてここまでドン引きという言葉の意味を実感したことはなかったかもしれない。冬の風が冷たく、とにかくショックだった。
「あたしだって……頑張れば春日瑠海みたいな可愛い子役タレントに、なれるかもしれないんだよ?」
「どこから湧き出てくるんだよ。その根拠のない自信は」
「絶対あたしだって春日瑠海になれるもん!!」
本当にどこから湧いて出てきたんだろう。そこで春日瑠海というキーワードは。
ただ透に反発したくて、当時小学六年生でブレイク寸前だった国民的名子役、春日瑠海の名前を使いたかっただけだと思う。この話を真奈海先輩にしようものなら絶対に後で虐められるだろうから、間違っても秘密だけどさ。
つまりはあたしが春日瑠海を意識し始めたのも、この透の一言がきっかけだったんだ。そのことがなければあたしは今こうしてタレントをしていないだろうし、春日瑠海を目指してもいなかっただろう。
だけどあたしが中学生にもなると、周囲のあたしを見る目はさらに厳しいものへと変わっていたんだ。
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