海辺の僕の墓参りに訪れたら

 その場所とは、海の近くの小高い丘の上。ほんの少し先に江ノ島が見える。

 僕が生まれてからずっと過ごしてきた街。同時に僕が死んだ街でもあった。


 茜とは小学校から一緒だった。人前で目立つことが苦手だったはずの茜は、決して友人が多い方でもなく、男友達と呼べるのは恐らく今でも僕一人くらいだろう。同性の友達だってそれほど多くはない。今ではなかなか想像もつかないだろうけど、茜の本性は正直根暗だと思う。


「やっと着いた。ごめんね、付き合ってもらっちゃって」

「いえいえ。私も今日は暇でしたし」


 暦はお盆と呼ばれる季節。例年なら暑さで堪らない日々が僕らを襲い、かき氷といった甘く冷たいものが恋しくなる季節でもあるはず。ただし今年はどうしたことか、幾分涼しい毎日が続いていた。久々に乗った電車の中でも、団扇をぱたぱたと仰ぐ人は一人として見かけず、冷房だけで十分暑さを凌げる程度の気温だったんだ。

 電車を降りてから、ここまで徒歩で二十分ほど。ようやく目的地が見えてきたけど、茜も奏さんもやはりさほど汗はかいていない。


「ここに、彼の遺骨が眠っているんですね」

「まぁ魂の方はどこか別の場所をうろちょろしてるんでしょうけど」


 ここは、僕のお墓だ。近くにはいくつかお寺があって、その片隅に僕の墓石がちょこんと置かれている。小さい頃、この辺りは僕と茜の遊び場になっていたわけで、僕はなんて罰当たりなことをしていたのかと、今は少しだけそんなことを考えてしまう。ただし見晴らしは本当に良い場所で、今日だってすぐ近くを子供の声が囀っているほどだ。


 すると茜は辺りをきょろきょろと見渡し始める。まるで誰かを探しているかのよう。実際このすぐ近くには僕の実家だけでなく、茜の実家だってある。僕や茜の知人がいても全くおかしくはない場所だ。ただし恐らく茜が探しているのであろう人物とは、非情にも視線がすれ違ってしまっていた。


「ひょっとして、彼を探しているのですか?」


 奏さんも茜の激しい視線の移動に気がついたようだ。


「ここでだったらちゃんと話ができるかなって、そう期待してたのだけどね」

「彼なら今もここにいますよ。久々の電車の旅が楽しかったようです」


 別に楽しかったわけではなかったけど、久しぶりの窓の景色が随分と懐かしく思えただけだ。何一つ変哲もない住宅街でしかないのに、ほんの少しこの街にいなかっただけで、全然違う街に来てしまったかのようだった。


「ふふっ。そっか」

「どうかしましたか?」


 すると茜は何かに納得したらしく、なぜか小さくくすっと笑ったんだ。


「どうせならあいつが偽物ならよかったのにって、少しだけそう思っただけ」


 僕が、偽物? それは一体どういう意味だろう。

 その瞬間、海から吹く風が夏の香りを運んでくる。夏独特の、浜辺の匂いだ。つんとする強い刺激が僕の鼻をちくりと刺し、僕を困惑の渦の中へと落としていった。

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