幼馴染が僕の墓の前で愚痴を溢したら
「偽物……ですか? それはここにいる、彼がってことでしょうか?」
「ここにいるって言われても、あたしには見えないしな……」
茜は不貞腐れた顔で、奏さんにそう吐き捨てるように呟いていた。その顔は特に僕のことが今でもはっきり見えている奏さんのことを恨んでいるわけでもなく、嫉妬しているわけでもないと思う。ただ何気なくそう溢しているのは、自分を自分で責めているかのような、そんな顔にも見えたんだ。
浜辺から生温かい風がぴゅんと吹く。僕は茜の言葉をちゃんと受け止めきれずに、そのまま風に流されてぱちんと消え去ってしまったかのようだった。
「だってこんなのって……あまりに理不尽じゃない!」
「茜さん……?」
理不尽? 茜の叫び声は海の彼方まで届きそうなほど、強く響いた。
「あの時あいつはあたしの命を救っておきながら、あたしはあいつの命を守ることができなかった! あいつはいつだってあたしの手を引っ張ってくるばかりで、あたしはあいつを一度だって守ることができなかった! そんなのって、ずるくない? なんだってあいつは、いつもあたしの数歩先を歩いてるの? あいつはあたしの本音なんて聞きもしないで、いつも『茜、茜……』って、あたしのことを呼び捨ててくるばかりでさ……」
それは、茜のただの愚痴のようにも感じられた。恐らくそのことは茜本人だって気づいているのかもしれない。やはり茜は僕にではなく、その言葉を自分に対して心の内側から叫んでいる。僕の身体をすり抜けてしまうのも仕方ないのかもしれない。今僕に本当の肉体があれば、茜の小さくなってしまった身体を温めることだってできるはずなのに。それさえも許されないのだから。
本当に責められるべきは、僕であるべきはずなんだ。
「茜さん、寂しいのですね?」
「…………」
奏さんの質問は現在形だった。茜は小さな子供のように拗ねた顔で奏さんを見つめ、無言の肯定を示している。ぱちくり大きくした瞳で、『文句ある?』って、そう訴えかけているかのよう。
「あいつはやっぱり、ここにいるのかな?」
「ここって、このお墓のことですか?」
茜は灰色の墓石に、そう語りかけていた。
「うん、そう。昨日だってあいつはあたしのお風呂を覗きにきて、あたしの大切なお風呂の時間を邪魔しに来た。本当にすけべでどうしようもないやつだと思わない? 死んでまで化けてあたしの風呂を覗きに来るなんてさ」
「ええほんとに。ガチですけべでどうしようもない殿方です」
奏さんはちらっと僕の方を見る。その瞬間、顔は少しだけ笑っていたけど、またすぐに茜の言葉の方へ向かい合った。
「だから何が本当で何が嘘なのか、全然わからなくてさ。ここにあるものがなんなのか。昨日もあたしの前に現れたあいつは何者なのか。それはここに来れば何かわかるのかなって……」
「だったら茜さん。まずはこのお墓の前で、手を合わせてみませんか?」
「え……?」
すると奏さんは茜より先にお墓の前でしゃがみ込み、両手を合わせて、目を瞑り、もう一度茜に呼びかけたんだ。
「彼の声を聞いてあげてください。きっと茜さんなら聞こえるはずですから」
僕の、声……?
奏さんは瞑想を始めた。もちろん奏さんの心の声が僕に伝わってくるとか、そういった類のことが起きることはない。それでも奏さんはしばらくそのまま、いるはずもない僕との会話を楽しんでいるかのようだった。
茜も奏さんの真横にしゃがみ込み、真似するように手を合わせ、目を閉じたんだ。
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