幼馴染が湯船に顔を埋めていたら

「ねぇ……」

「なんだよ?」

「……ごめん。やっぱし、なんでもない」

「だからなんなんだってこの謎のやりとりは……」


 実はもう三度目。茜は僕に何かを尋ねようとしては、すぐにそれを引っ込める。

 自分の裸を見られたことがそれほど照れくさいのか、いやとてもそういった類の話には感じられない。茜はもう一度無言になり、湯船に肩までつけると、後ろを振り向いたまま僕に語りかけようとする。だけどそもそもここで何の話をするべきなのか、茜も僕も、その答えを導き出せないでいた。


「なぁ、茜?」

「ん……?」


 とりあえず、何か話のネタを……。


「この女子寮の庭先に生えてる茎みたいな花、何の花か知ってるか?」

「…………」


 茜は怪訝そうな顔だけをこちらに向けてきた。実のところ、僕もなぜこの話題をチョイスしたのか、全然わかってなかった。それ以上に茜は、不信感さえもその顔に描いて僕に差し向けてきたわけだけど。


「そもそも茎みたいな花って、それなんか矛盾してない?」

「いやだって、そいつにはまだ茎しなかなったから」

「葉っぱくらいあるでしょ? 植物だったらさ」

「それが葉っぱも花もなかったんだよ。見る限り、茎だけで」

「だったらなんでそれが花だってわかったのよ?」


 どうやら茜はその花の存在さえ知らないらしい。そういえば茜がこの女子寮に引っ越してきたのはちょうど一年ほど前のこと。だとすると一年の間でほんの僅かな期間しか咲かない、そんな花なのかもしれない。


「奏さんがそう教えてくれたんだよ」

「奏ちゃんが???」


 茜はますます怪訝そうな顔を僕に突き刺してきた。……ん? 僕は何かおかしなことでも言っただろうか。


「何であんた奏ちゃんとも話してるのよ? あんたひょっとして、こんな風に奏ちゃんの風呂も覗いてたりしたの?」

「ち、違うよ……」

「あんた女子風呂だったら誰の裸でもいいんだ。サイテー」

「だから違うって!!」


 なるほど。茜は僕をそんなただの覗き魔だと勘違いしているのか。それならこんなゴミを眺めるような視線で僕を冷たくあしらっても仕方ないだろう。ただし、『僕が覗いてるのは茜、お前だけだ!』などと宣言したところで何一つ説得力がないので、もう少し事情を説明をしておく必要がありそうだった。


「奏さんには常に僕のことが見えるらしいんだ」

「え、そうなの?」

「ああ。奏さんの実家がお寺らしくて、僕みたいなのは昔から見慣れてるとか」

「ふ〜ん。そっか……」


 ところが茜は、今度は小さな子供のような拗ねた素振りを見せてくる。僕の回答としては間違ったことは言ったつもりないのだけど、何をそんなに不貞腐れているのだろう。


「つまり透はさ、あたしだけに会いにきてくれたわけじゃないんだ……」


 茜は体育座りになり、顔の下唇の部分まで湯船に埋めていた。まるで僕からその顔さえも隠すように駄々をこねているんだ。


「ち、違う。僕は茜を心配して……」

「だったら何であたしにはお風呂の中でしか会ってくれないの? それって透のスケベ根性のせい? ずるいよ、そんなの……」

「そんなこと……」


 そんなことを僕に言われたところでどうしようもない。僕は別にスケベってわけじゃないと思うし、こうなってしまったのは僕が不自由な幽霊なせい。こんなのただの成り行きだ。

 そう、これは成り行きなんだ。だったらそもそも茜の方はどうなんだよ? 僕だけを咎める理由なんて、本当にあるのか?


「だったら何で茜はアイドル活動を休止してんだよ!?」


 僕がそう問い詰めると、茜の顔はさらに湯船の中に埋もれてしまったのだけど。

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