Lesson2: 再会と再開

シャワーと涙が交錯したら

「ちょ、ちょっと!! なんであんたがここにいるのよ!!」

「いや、それは…………」


 ここっていうのはとどのつまり、どこのことだろう? 僕がこの世に未練たらたらにして残ってしまっていることか。それとも今このお風呂場で、白い幽霊装束の僕と、白い素肌を完全露出した茜が、こうして鉢合わせしてしまっていることか。

 僕は後ろを振り向いたまま、どう答えていいのか全くわからない、途方のない回答を導き出そうとしていた。……うん。そもそもどこから説明すればいいのか、そこからして一ミリもわかってなかったりするんだよな。


「だってあんた……先月交通事故で亡くなったって……」

「……ああ。それは本当だ」

「…………」


 背後から聞こえる茜の声は、少しだけ涙ぐんでいた。茜のやつ、僕に裸を見られたことがそんなにショックだったのか、それとも僕がこうして幽霊になって現れたことがそんなに怖かったのか。

 もしくは、僕が死んだそのこと自体に、茜はどれだけ傷ついていたのか。


「す、すまん」

「…………」

「いやだから、本当にすまなかったって」

「……ちょっと。何を今更謝ってるのよ」


 もはや涙声なのか怒ってる声なのか、それさえも判別できない。

 そもそも僕は何に対して謝っているのだろう。自分が謝罪した理由さえも曖昧で、無味乾燥な言葉だけが僕と茜の間を引き裂いていく。僕は本当に心から茜に謝っているのだろうか。今も一生懸命生きている茜に対して、ストーカーまがいなことをしてみたり、こうしてお風呂の中を覗いてみたり……。

 本気で謝るんだったら、とっととそんなことやめなきゃいけないはずなのに。僕はとっととこの世から消えて、成仏しなきゃいけないはずなんだよな。


「なぁ、茜」

「……何よ」

「ひょっとして、今の僕の姿、見えているのか?」

「ばっちり見えているわよ。似合わない白装束なんて着ちゃってさ」

「だって茜……」

「透が幽霊なんて、そんなのあたしだって信じたくないんだけどさ」

「茜は昔から、幽霊とか苦手だったんじゃあ……」

「もちろん怖いわよ! 幽霊と会いたいとか思ってるやつ、そんなやつ絶対バッカじゃないのと叫びたいくらいにはね!!」


 茜はそう叫んでいた。何に対して、誰に対して叫んでいるのか、ややわからない面もあったけど。幽霊が心の内から大好きで、一日中寝食を共にしたいとか思ってる人間がもしこの世にいるならば、僕は一刻も早くそいつに保護してもらうべきじゃないだろうか。てか、そんなやつ本当にいるのか? 僕は一瞬奏さんのことを想像してみたが、それ以上は考えないようにしようと、心の内からそう思ったんだ。


「てかなんであんた、ここにいるのよ?」

「いやだから……気づいたら幽霊になってて……」

「そうじゃないわよ!! なんであんたが人の風呂を勝手に覗いてんのかって、そう聞いてるのよ!!」

「あ、すまない。今すぐ出ていくから……」

「とっとと出てってよ!! この大馬鹿野郎〜!!!」


 茜は急に我に返ったようだ。もはや僕が幽霊とか、そんなのどうでもいいらしい。

 いやまぁ幼馴染とは言え、異性に自分の裸を見られたらそう叫びたくなるのも当然だろう。茜の声は今でも強く耳の中で響いていて、じんと痛みが沸き起こるほどだった。こんな痛みを感じたのは、僕が死んだあの日以来のような気もするけれど。


「ちょ……ちょっと、待って」

「え……?」


 僕が風呂場のドアをすり抜けると、背後からそんな声が聞こえてきた気がしたんだ。ふと声の方を振り返っても、そこには風呂場のドアがあるのみで、茜の姿はもう見えないけど。


「やっぱり戻ってきて」

「…………」


 やはり僕の聞き間違えではない。茜の弱々しい声がそう叫んでいる。


「お願い。もうどこにも行かないでよ!!」


 僕がもう一度風呂場のドアをすり抜けて、茜のいるお風呂場に戻ると、茜はクリーム色のボディタオルで自分の大切な部分を隠しながら、その場で泣き崩れていた。茜の身体から溢れおちるシャワーの雫と、茜の瞳から零れ落ちる涙が交錯して、とっくに冷たくなった僕の身体を硬直させる。


 茜は小さな子供に戻ったように、くすんくすんと泣いていたんだ。

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