Lesson4: 偽りのひととき
突然幼馴染が別の男をデートに誘ったら
「ユーイチ先輩。明日、あたしとデートしてください!」
それは唐突に訪れた、朝の衝撃のワンシーンだった。
場所は喫茶店『チロル』。茜が暮らす女子寮チロルハイムの食堂だ。まだ学校は夏休みが続いていて、ここ最近は毎朝八時くらいになると、寮生が一堂に会して朝食を共にする。アイドルユニット『BLUE WINGS』のツートップ、春日真奈海さんと霧ヶ峰美歌さん。事務所期待の新人声優で秋アニメでも名前のある役の出演が決まっている善光寺奏さん。そして、僕の幼馴染にして女優もアイドルもこなす事務所の新エース、蓼科茜。ついでにここの管理人でちょっと怪しい感じさえする男子高校生、ユーイチ先輩こと、大山優一。……あ、ただの幽霊である僕のことは特にカウントする必要性さえないため、ここでは割愛とする。
で、だ。そのユーイチ先輩を茜がデートに誘ったことで、朝から食堂は険悪なムードになってしまう。なぜその程度のことでこの和やかな朝食の風景全体が険悪なムードになるのか、僕にはさっぱりわからん。まぁ僕も確かに面白い話ではないけどさ。
「ちょっと茜? あんたなに人の彼氏を勝手にデートに誘ってるのよ!?」
「誰が真奈海先輩の彼氏ですか? 日頃のユーイチ先輩の様子からして、真奈海先輩とユーイチ先輩が本当に付き合っているのようには、あたしには一ミリも見えないのですけど!」
先輩後輩といった垣根を超えて、まず第一に茜に噛み付いたのは、お茶の間では春日瑠海としてその名を轟かせている真奈海さんだ。どうやらこんな冴えない男子高校生に元国民的女優はぞっこんのご様子で、そんな事情は全てお見通しと茜は軽くあしらってみせる。
なお、奏さんはというと『また始まった』と言わんばかりに、小さく欠伸を見せていた。自分には全く関係ないと判断したようで、欠伸が終わると引き続き、好物の納豆ご飯を口へ運び始めている。
「わたしとユーイチは既に家族みたいなもんだから、わざわざ茜ごときに改めてカップルらしさを見せつける必要もないってことよ」
「おい待て真奈海。僕と誰が家族だって?」
「ユーイチは黙ってて。これは茜とわたしの問題だから、ユーイチには関係ないわよ」
「そうだよな。あくまで茜と真奈海の妄想の世界のお話であって、現実の僕には特に関係ないで問題ないよな」
「ええそうです。あくまで真奈海先輩とユーイチ先輩が付き合ってるのはあくまで真奈海先輩の妄想であって、現実話とは一切関係がありません。だからユーイチ先輩はあたしとデートするくらい何も問題ないはずです!」
「お、おい。そもそも僕と茜がデートするのは決定事項なのか?」
「だからユーイチの不倫なんてわたしが絶対認めないって言ってるでしょ! ねぇ美歌。美歌からもユーイチになんか言ってやってよ〜」
「は? なんであたし???」
ちなみに美歌さんはというと、奏さん同様に『自分には関係ない』という態度を取ってるかと言われると、そういうわけでもなかった。やはりどこか機嫌が悪く、その爆弾の導火線に真奈海さんがしっかりと着火した模様だ。しかも真奈海さん、それをわかっててやってるらしいので尚更たちが悪い。元国民的女優である春日瑠海の本性がこんなんだったとは、茜ひっくるめて女優という生き物は本当に恐ろしいものなのだと改めて実感した次第なわけで。
「別にあたしは管理人さんが誰とデートしようと、全然構わないけどね」
「なぁ……美歌、さん?? だったらなんでそんな機嫌が悪いんだ……?」
「普段あたしのこと『さん』付けなんてしてないくせに、こういう時だけ『さん』付けとかしないでよ! あたしは管理人さんが二股かけようと遊び人だろうとあたしには関係ないって言ってるだけ。そんなに年下が好きならとっとと101号室の住民を茜ちゃんに取っ替えちゃえばいいじゃない」
「……ひょっとして美歌。まだわたしが101号室に引っ越したことを根に持ってたりする?」
「真奈海も真奈海よ! そもそもなんでこんな優柔不断の管理人さんにこだわるのよ? 真奈海だったらもっといい男たくさん寄ってくるでしょ?」
「そんなことないよ〜。ユーイチは優しいし、こんな紐みたいな彼氏だからこそわたしがいくらでも貢いであげちゃうの!」
「……おい真奈海。それは僕を貶しているんだよなそうなんだよな!?」
もう無茶苦茶だ。少なくとも僕は、こんなユーイチ先輩みたいな人間には絶対になりたくない。まぁもう死んでるので、二度となることはないだろうけど。
「とにかくユーイチ先輩。明日は時間もらいますからね!」
「わ、わかった。僕も真奈海の紐にはなりたくないので、そのデートには付き合うよ」
「ありがとうございます!!!」
結果的にこれは、真奈海さんが墓穴を掘ったということだろうか。まだ真奈海さんは茜とユーイチ先輩の顔を交互に睨んでいたが、それに臆することなく茜はちゃっちゃとその段取りを決定してしまっていた。
昨日は僕の墓の前であんなに泣いてたのに、茜のやつ一体どういうつもりなんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます