Lesson9: 逢う魔が時
学園祭最終日に逢う魔が時が迫ったら
チロルバンドのステージが終わり、全ての片付け作業が終わった頃には、学園祭も本当に終わりの時間を迎えようとしていた。時間も十七時半を回っていて、あと三十分ほどで後夜祭が始まる。今年は『
昼間はあんなに外からのお客がいた学園祭も、今はまばらになって閑散としている。模擬店もほとんどが片付け終わっていて、稀に余り物が残っているお店が営業を続けている程度。真奈海先輩は『誰もいない時に余り物を探すのが学園祭の醍醐味ってもんじゃん』と宣ったかと思うと、ユーイチ先輩の両腕を掴んだまま二人でどっかへあっという間に消えてしまった。確かに人目が少なくなった今こそ元国民的女優春日瑠海の時間なのかもしれないけど、去年美歌先輩にユーイチ先輩へのキスを奪われたことが余程悔しかったのだろうか。美歌先輩は残された奏ちゃんに、『二人で回ろっか』と誘っていたりした。
あたしも今は二人だ。……ううん。他の人から見たら一人で歩いているようにしか見えないだろうけど。
こんな夕暮れが西に見える頃合いを、逢う魔が時などと呼ばれることもあるそうだ。とはいえ幽霊を魔物と呼ぶにはさすがにちょっと違う。でも彼はあたしのすぐ隣を歩いていて、あたしは彼に話しかける。明らかにあたしは独り言をぶつぶつ言ってるようにしか見えないだろうし、本当にあたしが魔物に取り憑かれてしまったように映っていても不思議ではないのかな。
「それよりさっきのあの告白は何だったんだよ?」
「いいじゃない。他にやりようってものが一切なかったんだから」
あたしはチロルバンドの最中、真奈海先輩に勝負を挑まれ、見事に負けた。相手はあの元国民的女優の春日瑠海だ。人を笑顔にすることに関しては誰よりも情熱を注いでいて、ほんの僅かな瞬間でも一切手を抜くことはない。ネットで『春日瑠海』と画像検索すれば誰でもすぐに気づくと思う。撮られた一枚一枚の春日瑠海の顔のどこにも隙がないってことくらいは。
負けて当然だったんだ。だからあたしは罰ゲームをする羽目になった。
『あたしはあんたのことが、いつまでもずっと大好きです』
そう、一言だけ。罰ゲームの内容が『好きな人に告白する』ってことだったから。
「でもお前。あんな一言だけって、さすがにちょっと中途半端っていうか……」
「あまり長いこと演説して、後でマスコミにあんたのことを勘ぐられたら透の両親が困るでしょ」
「まぁ確かに」
「だからあれくらいが丁度いいのよ」
あれくらいか。本当はあたしだって後悔はしてる。もっとたくさん言いたいことはあるはずなのに、それを透にずっと伝えていなかったから。真奈海先輩には『素直にしてれば可愛いのに』などとも言われたけど、実際本当にその通りなのかもしれない。あたしは本当に、可愛くない。
「でもまぁ、それくらいの方が茜らしくて丁度いいか」
「てか透、あんたまであたしのこと子供扱いしてない??」
「実際そうなんじゃないのか?」
「ほんっとに透のそういうところ、だいっ嫌い!」
あたしは頬をぷくっと膨らませて、めいいっぱい抗議してみる。透は爽やかな笑顔を作り出し、それを軽くスルーしていた。きっとこういうところが子供なんだろうって、真奈海先輩にも透にも指摘されてしまうのはそういうところなのだろうって。
「ったく、どっちなんだよ? 茜は僕のことが好きなのか嫌いなのか!?」
「そんなのアイドルのあたしの口からもう一度聞き出そうとするなんて、本当ならお金とってもいいくらいだよ!」
「なんだよそれ!??」
だからちょっとした仕返しだ。あたしは一旦抵抗はしてみるものの
「あたしはこれからもずっと、透のことが世界中で誰よりも大好きです」
そう、もう一度言い直したんだ。これまでずっとただの大切な幼馴染だったはずの透は、あたしにとって大好きな人へと変わっていた。いつからなんて思い出すこともできない。透に命を救われたあの瞬間からだったかもしれないし、ひょっとするともっと前からだったかもしれない。だけどこれを好きって言えなかったら、他にどんな人が好きだと呼べるのだろう。
これがあたしの本音。絶対に変えることのできない、素直なあたしの気持ちだ。
「だからね。透のことはこれからもずっと大好きだから、そろそろ別れよう……って」
そして、あたしは目から溢れ出しそうなものをぐっと堪えて、最後の呪文を唱えたんだ。
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