学園祭バンドで先輩アイドルに勝負を挑んだら
先月末、ライブ中に救急車で運ばれてから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。
それから一時は芸能活動を完全に休止した。およそ一週間程度だったかと思う。アイドルと言うだけでなく、女優としても。精神的に完全に参ってしまっていたあたしにしてみたら、その程度の期間で本当に良かったのか。だけど逃げ出したくない気持ちも当然あった。事務所の先輩で尊敬もしている春日瑠海から逃げ出したくない。そしてあたし、自分自身から逃げ出したくない。本当にその想いだけで、何とか今を繋ぎ止めてきたような気がする。
先週にはアイドルとしても復帰し、およそ三週間ぶりのステージの上にも立った。自分が心配するより、どちらかというと『White Magicians』としてユニットを組んでいる胡桃先輩や、社長からの心配の方が大きかったと思う。いっときは笑顔が作れないほどの精神状態で、アイドル活動なんてとんでもないような状況だった。だから胡桃さんや社長に心配されるのも当然のこと。だけどあたしはそんな自分が嫌だったから。他人に心配されるくらいなら、自分が無理したほうがなんぼか楽だとも思ったんだ。
そんな風に何度か無理くり立ち直ってきたあたしだったけど、正直もうそろそろ潮時かもしれない。嘘だらけの自分が嫌になってしまった。女優もアイドルも、全部はあたしの嘘。
あたしは根暗で、生きているのもやっとという状態の、本当につまらない女の子だ。
だから……なのかな?
失うものなど何もないあたしは、今日こそはとがむしゃらに演奏する。
ドラムなんて、小学生の頃にピアノ教室のついでに少しだけ習った程度。それでもその時の感覚はまだ少しだけ残っていた。勘所をあたしは知っているようだった。ひょっとしたら春日瑠海に勝てるかもしれない。演奏中にそんな一筋の光が、あたしを照らしているような気もした。
「ふっふっふっ。茜ちゃん、わたしに勝とうなんて十年早かったわね〜」
「…………」
だけど、春日瑠海には勝てなかった。真奈海先輩とあたし、どちらのパフォーマンスが良かったか? 観客は良いと思った方に挙手をする代わりに歓声を上げる。ジャッジ自体は糸佳先輩が行ったが、贔屓目などなくても真奈海先輩の方が上だった。救いは完敗というわけではなく、あたしに歓声を上げた人も多数いたことだ。それだけでもが、むしゃらにやった甲斐があったということかもしれない。
「あれあれ〜? 茜ちゃん、負け惜しみさえもなしですか〜?」
「あたしの負けですよ。そんなみっともないことできわけないじゃないですか」
「茜ちゃんのそういうところが可愛いのにね。普段から素直になればいいのに」
「…………」
真奈海先輩のそれは、あたしを励まそうとしているのだろうか。そもそも今日のこの勝負の意味ってなんだったのだろう。なにせ、あの春日瑠海だ。何の意味もなく、あたしに勝負を挑むとかいう面倒くさいことなんて、絶対にしてくるはずはない。
「そうやっていつもあたしを子供扱いするから気に食わないんですよ!」
「そういうところが素直じゃなくて可愛くないって話なんだけどな〜」
完全に売り言葉に買い言葉だった。あたしは真奈海先輩に嫌われる役のほうが性に合ってる。だから真奈海先輩だってあたしのこと、徹底的に嫌いになってくれたらもっと楽なんだろうけどな。
「というわけで、
「うっさい瑠海! こっちは必死なんだから一々揚げ足取らないでよ〜!!」
「未来ちゃん違いますですよ。バンドは楽しくなくちゃダメなんです! 必死に演奏したらダメなんですからね!」
「そこで
「……という具合に、次はいよいよ最後の曲となりました!」
『BLUE WINGS』の先輩三人で漫才のようなやり取りを終えた後、真奈海先輩は次がラストの曲であることを告げる。このチロルバンドが終わる頃には模擬店の食べ物も殆どが売り切ればかりという時間帯となり、三日間続いた学園祭も、いよいよ閉会の時を迎える。
観客の最後を惜しむその声は、ステージの上にいるあたしたちに勇気を与えてくれる。ブーイングとかではなく、閉幕を惜しむ声。それだけあたしたちは観客の心を動かせてたわけで、その歓声を否定したらダメなんだって。
「の前に!!! いよいよ皆さんお待ちかね、茜ちゃんの罰ゲームのお時間です!」
「…………え?」
だがあたしは思わず素の声を漏らしてしまう。恐らく今までどんなドラマの演技でも、ライブの最中でも出したことのないような声だったと思う。それくらい恥ずかしい声だった。
というか、罰ゲームってそもそもなんだったっけ?????
「今からここで、茜ちゃんの大好きな人に告白していただきます!」
……などと絶叫してるのはあたしではなく真奈海先輩の方で、明らかにノリノリだった。いやいや、いくら学園祭とはいえ、それは本当に大丈夫なのだろうか。
「ちょっと待ってください瑠海先輩。この流れ、後で社長に怒られたりしないんですか?」
「大丈夫よ茜ちゃん。『瑠海が学園祭のステージの上で告白というのはさすがにいろんな意味でまずいけど、茜ちゃんならむしろ大歓迎ね』って、今朝わたしがちゃんと許可をとっておいてあげたから」
「それのどこがどうしたら大歓迎になるのかあたしには一ミリも理解できないんですけど!!」
第一、真奈海先輩があたしに勝負に負けるという仮説は最初から成り立っていなかったのだろうか。そこからして納得がいかない。それに真奈海先輩がいろんな意味でNGで、あたしだったら大歓迎? いくらうちの事務所が恋愛オーケーの事務所とは言え、そもそもなんであたしは普通にオーケーなどではなく、大歓迎なのだろう……?
「さぁ茜ちゃん。勇気を振り絞って、告白タイムの時間ですよ〜! 茜ちゃんの大好きなあの人……ってわたしは見たこともない人だけど、今すぐこの場で、すっきりさせてしまいましょう〜!!」
何が起きたのかわからなかった。だけどそんなあたしへ思わぬ場所から声が飛んでくる。
「茜ちゃん。彼、ここにいるんだよね? 素直な自分の気持ちを、彼に伝えてあげな」
その声は、さっきまで文字通り必死にベースギターを奏でていた、美歌先輩だった。それでようやく合点したんだ。きっと美歌先輩があたしのことを社長に喋ったのだろうって。
あたしの素直な気持ち。それと、好きな人……か。
そんなこと急に言われたところで、すぐに頭の整理をしろなんて無理だと思う。だってそれはずっと考えていたはずなんに、結局今の今まで結論は出せなかった。ユーイチ先輩にキスしてもらえば何かのきっかけになるのかとも思った。もちろんそんなのただの思いすごしで、ユーイチ先輩にも当然のように無視された。
だけどさ……。
あたしはふっと大きく息を吸い込む。それと連動して大きくあたしの心臓が動くのを感じた。あたしはまだちゃんと生きてるんだって、そうあたしの身体が伝えてくれる。
だってこれは、透が繋ぎ止めてくれた、あたしの命だもんね。
「……ねぇ。そこにいるんでしょ? あたしの声、ちゃんと聞こえてる?」
あたしの声はゆっくりとした音を立てて、線路の上を滑り始めた。
ずっとこのままというわけにはいかないから。そんなことはもちろんわかってるから。
ねぇ透。ちゃんと、聞こえてるよね?
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