体育館でアイドル女子バンドが始まったら

「みんな〜。盛り上がってる〜???」

『わ〜!!!』


 学園祭三日目の最終日。ここは、学園祭用に特設ステージが開設された、体育館だ。


「今年もわたしが中心の女子バンド、チロルバンドが一日限りの大復活だよ〜!!」

『わ〜!!!!』


 芸能事務所『デネブ』に所属するアイドルユニット『BLUE WINGS』。確かに、そのリーダー格とも言える春日瑠海こと真奈海先輩が、バンドの開演を高々に宣言する。


「ちょっと待ってください!! どうして瑠海ちゃんが中心ってことになってるんですか?」

「え? だって、奏ちゃんはMC慣れてないし、未来みくは例によって話しかけるなオーラがすごいし、茜ちゃんはそもそもがポンコツだし」

「そこでITOいとのことを飛ばさないでください! 瑠海ちゃんの好きにはさせませんからね!!」


 オープニングMCに『BLUE WINGS』のバックバンドメンバーであるITOこと、糸佳先輩が参戦する。確か去年の学園祭でチロルバンドを組んだ際は、糸佳先輩は正式デビュー前だった。その意味で言うと今年のこのバンド、『BLUE WINGS』の三人プラス、あたしと奏ちゃんという具合で、およそあたしと奏ちゃんは『BLUE WINGS』のおまけみたいな具合に見えなくもない。

 てかだからって、あたしを堂々とポンコツ扱いしてくる真奈海先輩も正直どうなんだろ?


「うん。そこでITOちゃんの反論もわからなくもないけど……」

「お願いだからわかってくださいです!!!」

「……それはそれで、今日はみんななんかノリ悪くない???」


 ひとまずあたしと、駆け出しの新人声優である奏ちゃんのことはとりあえず置いといて、未来こと美歌先輩は、話しかけてくるなというオーラが本気で凄まじかった。理由は簡単で、今はどうやら慣れないベースギターのことで頭が一杯のようだ。『BLUE WINGS』の奇跡の歌姫こと美歌先輩は、正直それ自体が奇跡と思えるほどの不器用さだったわけだ。

 奏ちゃんはと言うと、今朝の朝食の時に確認したところ、どうやら本当にこのようなMCの経験がまだないそうだ。新人声優の善光寺奏と言えば、今夏の某アニメでサブヒロイン役に大抜擢され、アニオタだったら知る人ぞ知る声優へとなりつつある。だからといって世間一般的にその顔が知られているということもないようで、『あの黒縁メガネの女の子って、ひょっとしてアイドルの金の卵か何かかしら?』とか、人によっては『なんで奏でがあんなすごい人たちに囲まれてバンドやってるんだろ?』などという声さえちらりと聞こえてくるほど。きっと後者は奏ちゃんのクラスメイトだろうけど、そのクラスメイトでさえその程度の認識であったり。


 ……それはそれ、これはこれだ。ノリが悪いかどうかなんて、蓋を開けてみないとまだわからないと思うんだけどな。


「最初からエンジン全開の瑠海先輩がそろそろ勝手にオーバーヒートしちゃいそうなので、とりあえず一曲目を始めませんかね〜?」

「茜ちゃ〜ん? 人がせっかくステージを盛り上げてる最中だってのに、そんなわたしのことを自爆女みたいに言う態度、後輩アイドルとしてそろそろ改めたほうがいいんじゃないかな〜?」

「ええそうですよね。せっかく国民的女優を休業してまでアイドルやってるのに、一年経っても立ち位置ビミョーな先輩アイドルのこと、そろそろちゃんと立ててあげないと後輩アイドルとして失格ですもんね〜」

「ふ〜ん。病み上がりだと思って少し遠慮はしていたつもりだったけど、どうやら今の茜ちゃんにその遠慮は不要だったみたいだね〜。それなら〜……」


 あたしは春日瑠海の前では、敢えてヒール系アイドルを演じている。真奈海先輩にはアイドルを早々に辞めてもらって、とっとと女優に戻ってほしいからだ。アイドル春日瑠海という形そのものをぶち壊して、春日瑠海がアイドルとしての自信を失わせることで、速やかに女優として戻っていってほしい。そう願っている。それなのに……。


「せっかくアイドルとして完全復活できそうな茜ちゃんとわたしで、勝負してみない?」

「勝負……ですか?」


 春日瑠海は本当に手強い。もうこんなのを一年以上も繰り返しているんだ。アイドルとしての自信を失いそうなのは、今ではむしろあたしの方だったり。

 ただの思いつきか、それとも計算か。真奈海先輩は唐突に、今日の台本には一言も書かれていなかった話題を口にする。アドリブはむしろあたしの十八番のはずなのに、真奈海先輩は何も躊躇なくその舞台を用意してくるんだ。


「今日のこのステージで、わたしと茜ちゃんのどっちがパフォーマンスが良かったか、ここにいる観客に評価してもらうの」

「は? なんでまた急に……」


 そんな勝負にそもそも今のあたしに勝ち目なんてあるのだろうか。


「評価のタイミングは、そうだな〜……ラストの曲の直前のMCってことでどう? もちろん負けた方は罰ゲームね。好きな人相手に絶叫告白タイムとかどうだろう?」

「ちょっと待ってください。……それ、自分が告白したいだけじゃないですよね?」

「何言ってるの〜? わたしが茜ちゃん如きに負けるわけないじゃ〜ん!!」

「…………」


 完全にあたしを笑い飛ばしてくる真奈海先輩は、それさえ計算なのか素の反応なのかの判断が難しかった。自信のないあたしに対して、真奈海先輩は余裕なのだろうか。それともこれは、あたしに対して……。


「ITOも瑠海ちゃんの案に賛成です! 今日は確か瑠海ちゃんのギターソロパートも、茜ちゃんのドラムソロパートも用意しましたし、未来ちゃんがベースに集中しすぎて歌が歌えない分、瑠海ちゃんと茜ちゃんのおよそツインボーカルで曲が構成されてますので、本当にどっちが勝ってもおかしくないですよ!」

「あたしのことは名前出さなくていいからとりあえずほっといて!!」


 今日のバンドの曲全てをアレンジした糸佳先輩は完全に乗り気、美歌先輩は正直それどころじゃない。奏ちゃんはと言うと……あ、その無言の美しい微笑は賛成ってことだよね。となると、あたしは完全に逃げ場を失ってしまう。もちろん観客席からも賛同の声が次々と沸き起こってくる状況だ。


「茜ちゃん。手を抜いたりしたら承知しないからね?」

「……そっちこそ」


 あたしはどこからその掠れ声が出てきたのだろう。一ミリも思ってないことを口に出すって。

 そもそもあの春日瑠海が観客を目の前に、意図的に手を抜くなんてありえない話だ。だからこその春日瑠海であって、あたしの絶対的な憧れの存在なのだから。


 あたしはあたしの性格に止めを刺されるか。自信なんてものは最初からない。

 でも、春日瑠海に憧れてきたからこそ、あたしも手を抜くわけにはいかない。

 ただその気持ちが何よりも勝っていた。

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