夏の終わりに
Lesson3: 見えない距離
ステージ復帰したアイドルが照れ隠しをしていたら
八月もおおよそ真ん中。ちょうどお盆と呼ばれる季節。
茜はおよそ一ヶ月半ぶりに『White Magicians』のステージの上に立っていた。
待ってましたとばかりに詰め掛けたファンの声援が、ライブステージの中心に立つ茜の元にも届いている。茜のキャラクターがその理由なのか、『White Magicians』は女性より男性ファンの方が圧倒的に多い。計算し尽くされた茜の笑みや発言が、騙されたと知りながらも男性ファンを虜にしていくんだ。
まぁこんな具合だから女性ファンの方は決して多くない。圧倒的なカリスマ性で女性ファンの胸を鷲掴みにしていく春日瑠海に対し、小悪魔的なキャラクターで自身の不器用さを覆い隠してしまう茜。左右対称的な瑠海さんの『BLUE WINGS』と茜の『White Magicians』は、今でも事務所の看板を背負うアイドルユニットであることに変わりはないようだけど。
僕はライブ会場のど真ん中、どの角度になっても茜の細かな表情が見える位置に立ち、茜の復帰ライブの様子を眺めていた。観客に微笑みかける茜の姿は、僕もよく知る茜そのものに見えた。小さな子供のようにはしゃぎ回る女の子は、ステージの上を飛んだり跳ねたり、まるで歌いながら遊んでいるかのよう。おいおい、転ぶなよって、思わず声をかけてしまいたくなるような危うさが、逆に僕らの目を釘付けにしていく。
あの頃と何一つ変わっていないはずの茜。
ふと今日まで休んでいた理由を、忘れさせてしまいそうだった。
「みんな〜、盛り上がってる〜?」
「いぇ〜い!!」
今日のオープニングとなる一曲目を歌い終わると、まず茜が観客席へ声をかけた。
「アカネ〜、復帰おめでと〜!!」
「おめでと〜!!!」
次に胡桃さん。観客と共に、茜のアイドル復帰を祝福する。ところがその台詞は、台本に書かれてあったものとは別のものだったのか、茜は若干驚いた表情を見せていた。胡桃さんはそんな茜をさらにからかうように、すかさず次の言葉を重ねていく。
「ここ一ヶ月半、茜がいなくて、お姉さん大変だったんだからね〜」
それを茜の方に向けてではなく、観客席に向かって言い放つものだから、当然茜の不器用な照れ隠しを誘発させていた。だがそれがまた茜らしくもない崩壊した真っ赤な顔を作り出してしまい、観客席からはどっと笑いが起きてしまう。いつもだったらクールに決めてくれるはずの茜なのだけど、今日はそんな余裕を最初から持ち合わせていないようだ。
「みんな〜、あたしのことを笑顔で迎えてくれて、本当にありがと〜!!」
それはもはや皮肉なのだろうか。恐らく台本には書かれていない咄嗟に出た言葉は、茜の本音を正直に言い表していた。まるで全てが胡桃さんの策略通りで、茜の口からそれを言わせるために仕組まれたシナリオのようにも感じたから。
というのも昨晩、茜は僕にこう言っていたんだ。
「観客のみんなはさ、あたしのこと、笑って迎えてくれるかな?」
茜はお風呂の湯船に浸かって体育座りで僕にそう語りかけ、僕は茜の真っ白い身体を見ないように、茜のいない壁の方に向かって、耳の後ろでその吐露を聞いていた。
……あ、なんで茜が体育座りだったことを僕が知ってるかは、とりあえずここでは触れないことにしておくけど。
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