アイドルたちがギネスに載る方法を考えていたら

「うわ〜。今日もたくさんの人が観にきてくれてますね」

「そりゃそうだよ〜! みんな茜ちゃんのアイドル復帰を待ってたんだも〜ん。ず〜っと茜ちゃんに待たされてたファンばかりなんだから、今日もみんなに元気を届けなきゃだね!」

「いやあのあたし、復帰してから既に四回目のライブですけど……」

「そんなの数の問題じゃないんだも〜ん!! 一ヶ月以上も茜ちゃんに待たされてたんだよ? だから茜ちゃんはその何百倍もステージの上に立って、笑顔を返さなきゃだからね!」

「その計算だと仮に一ヶ月におよそ五回のライブがあったとして、つまり五百回以上もステージに立つ必要があると……?」

「五百回でも千回でも、『世界で最も多くのライブをしたアイドル』ってギネスに載るまで、あたしたち頑張るんだからね〜!」

「えぇ〜…………」


 ステージ袖で息を潜ませつつ、茜は胡桃さんの励ましにドン引きしながら、それでもなんとか必死に期待に応えようと声を返そうとしていた。もし胡桃さんの言う通りアイドルとしてギネスに載ったら、それは国民栄誉賞とかもらえちゃうレベルかもしれない。……などということはいろんな意味でないにせよ、少し元気のない茜の姿を見て、胡桃さんはそれを鼓舞してるかのように感じたんだ。


 茜と話をしなくなってから一週間後の週末の土曜日。茜の暮らすチロルハイムで、僕は茜から距離を置くようにしていた。そうするとほとんど僕の存在価値などなくなっていて、稀に僕のことが見える奏さんが声をかけてくる以外に、誰かが僕に話しかけてくることも全くない。茜には僕の顔など見えるはずないのだから、ひょっとすると僕の存在さえ気にしていないのかもしれない。

 あと五分もすると、『White Magicians』の単独ライブが始まる。八月もあと三日。来週には九月を迎える。夏休み最後とも呼べそうなそのライブは、都内の劇場で始まろうとしていた。


「どうした茜ちゃん? 今日はちょっと後ろ向きだぞ〜??」

「そりゃあと四百九十五回もライブをすると考えたら、少しだけぞっとしてきただけです」

「そんなことないんだも〜ん! あたしと茜ちゃんの二人だったら、それくらい絶対どうってことないんだからね〜!!」

「胡桃さん一人だったらともかく、恐らくあたしは足を引っ張りそうで……」

「あたしより二歳も若い花の女子高生が何を言うか〜!! あと九百九十五回なんて、本当にあっという間なんだからね〜!」

「普段年齢の話するのあんなに嫌がってるくせに、こういう時だけ年齢の話を使うのって卑怯じゃないですか?」

「さ、さぁ〜、間もなく舞台始まるよ〜! 今日も頑張っちゃうんだからね〜」

「……あ、逃げた」


 胡桃さんの元気は茜を呆れさせる程度には破壊力抜群だった。茜は小さく溜息をつき、もう一度舞台袖の隙間から観客席を眺める。やはりぎっしりと席は埋まっていて、その熱気はライブ開始前の茜と胡桃さんをぎゅっと包み込むには十分すぎるほど。それでも胡桃さんとしては茜とペアを組んで、一年以上も『White Magicians』を続けてきた実績がある。この程度のプレッシャーなど、簡単に跳ね除けてしまうだろう。

 僕は茜の背後から今も茜を見守っている。ここには奏さんがいないから、僕の姿を見ることも声を聞くことも誰もできない。そんな状況で僕ができることなんて何一つあるはずもない。こんな無駄な時間、茜を追って都内のライブ会場までわざわざやってくる理由なんて、本当にあったのか。それこそただの体力の無駄じゃなかったのか。

 それでも僕は今もまたこうして……。


「茜ちゃん。本当に大丈夫?」

「え、何がですか?」


 さっきよりも数段ボリュームを落として、胡桃さんは茜に優しい声をかけた。


「今日はいつもよりずっと元気ないように見えたからさ」

「べ、別に……。そんなことないですよ。きっと胡桃さんの見間違えです」

「だといいんだけどさ……」


 恐らく胡桃さんの予感は正しい。実際僕と茜が互いに距離を置くようになって、今日が初めてのライブだった。もし胡桃さんの言う通り、茜が元気がないのだとしたら、それは間違えなく僕のせいだ。

 でもだからなんだと言うのだろう。僕なんかいなくたって、茜ならうまくやれるはずじゃないか。僕一人がいなくなったという程度で、茜がいつもように歌って踊れなくなったとしたら、そんなの茜の怠慢で、アイドルとして失格だ。


 ……本当に一体なんだというのだろう。この妙な胸騒ぎは。

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