ライブのMCがアドリブだらけになってしまったら
「みんな〜、こんにちわ〜!!」
「「わ〜!!!」」
ライブのオープニング曲が鳴り終わると、茜の日頃の声より僅かにキーが高い一声で、観客席の大歓声が返ってくる。僕も何度か『White Magicians』のライブを観にきたことがあるけど、必ず最初は胡桃さんではなく茜から声を発していた。
「今日もあたしたち全力で歌っていくので、みんなもいつも以上に盛り上がっていってね〜!!」
「「うぉ〜!!!」」
胡桃さんは常に元気一杯のその性格から、いつも鼓舞役といった具合だ。その鼓舞は観客だけでなく、同時に茜に対しても向けられている。
世間では『White Magicians』の評価が、春日瑠海さん擁する『BLUE WINGS』の評価より上と言われることが多いみたいだけど、それは茜のライブ中の機転の速さもさることながら、どちらかというと胡桃さんのポジティブな性格によるものが大きいと僕は思っている。もっとも茜の方はというと、自分と瑠海さんの比較ばかりを気にしていて、『なんで真奈海先輩よりあたしの方が歌唱力は上なのに、存在感はあたしの方が下に見られるの!?』などと、僕に言わせると謎の愚痴を何度も溢していた。そもそも茜の言う存在感とはどういう意味なのか。確かに瑠海さんの存在感と言えば、元国民的女優というだけあって素人の僕から見ても半端ないものがある。チロルハイムにいる時もいつも感じることだが、やはり近くにいるだけで『お、春日瑠海!!』と思わせるだけの圧倒的オーラがあるのも事実なんだ。
僕ら幽霊なんかに比べたら茜の存在感だって十分すぎると思うのに、これは一体果たしてどういうことなんだろうかね。
「クルミさんの声、今日はいつも以上にパワフルですね〜?」
「そんなの当然なんだも〜ん! あたしたちが元気でなくちゃ、みんなも元気出ないだろうし、そしたらあたしたちがさらに元気でなくちゃ、ライブが楽しくないんだからね〜!!」
「つまりあたしたちがまず元気になって、するとみんなも元気になって、そしたらあたしたちがそれ以上に元気になる……って、それ完全に青天井じゃないですか!!」
「それくらいじゃないとやってられないもんね〜! みんなもそう思うでしょ〜?」
「「わ〜!!!」」
胡桃さんの天然なのか計算なのか、それさえも全然わからない会話で、オープニングMCが進んでいく。そういえば茜は以前に話していたことがある。『White Magicians』のMCはほぼ百パーセントがアドリブで、元々ざっくりとした進行台本しか存在していないのだと。以前は茜が一つ一つMC中の台詞を決めて台本を書いていたそうだが、胡桃さんが全然その通りに動いてくれなかったんだそうだ。別に茜の台本に不満だったとかそういう話ではなく、『この方が盛り上がるでしょ?』といった具合にステージ上で胡桃さんの添削結果が返ってきたとか。それなら茜も『あたしも』みたいな雰囲気で、『White Magicians』のMCはアドリブだらけになったそうだ。元々二人しかいないアイドルユニットだから成せる、そんなステージ進行なのかもしれない。
「そんじゃ〜まずは早速、今日の一曲目からいってみよ〜!!」
「……って、いつもより展開はやっ!!」
「だって今日はとっとと歌いたい気分なんだも〜ん。アカネもそう思わな〜い?」
「ん〜、気分はともかくとして、もう少し引っ張るとかそういうのもありかなと」
「みんなだってもちろん早くあたしたちの曲を聴きたいよね〜?」
「「わ〜!!!」」
「……って、完全にスルー!??」
確かに『White Magicians』のMCが完全にアドリブとはいえ、ここまで胡桃さんのペースに巻き込まれると、茜が事前に用意した進行台本なんて本当にただの紙屑なのだろう。胡桃さんは完全にマイペースで……いや、ただそれを演じているだけなのかもしれない。アイドルというものはどこまでが真実でどこからが虚像なのか本当に見分けがつかないことが多々あり、幼馴染の茜でさえも僕がその反応に躊躇することがあるくらいだ。
だけど今日の胡桃さん、意図的に進行を早めているように思えたのも事実だった。
茜と胡桃さんが一曲目の曲名をコールすると、観客席に曲のイントロが流れ始める。『White Magicians』のファンであれば馴染みのある、ライブでは一曲目として最も採用実績のあるアップテンポなダンスミュージックだ。胡桃さんのパワフルな歌唱力と、茜のキレのある美しいダンスが特徴的で、二人の長所が顕著に現れている。オープニングに相応しい、『White Magicians』の二人ならではの曲……。
ただし……。そんな茜のキレのいいダンスも、節々でワンテンポ遅れてしまってはその美しさも失われてしまう。そういえばさっきのMCだって、胡桃さんの会話のテンポの速さもなかなかだったけど、それに対する茜の反応も微妙な違和感があった。視線がまるで上の空で、ステージの上にいるのが自分自身ではないかのよう。恐らくは胡桃さんもそれを悟っていたのかもしれない。だから胡桃さんは……。
『White Magicians』のステージに明確な異変が起きたのは、本当にこの直後だったんだ。
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