幽霊がインターネットで検索しようとしたら

「花言葉……?」

「そうです。あの白い花の、花言葉です」


 奏さんは夏の朝日を浴びながら、温かい笑みを溢していた。包み込んでくるような偽りのないその顔は、ひょっとすると僕が先程その花を探していたことに気づいているのかもしれない。


……」

「そうです。それがあの花の、花言葉です」

「でも奏さん。結局、その花言葉の花って……」

「そんなのインターネットで検索すればすぐに出てきますよ」

「…………」


 だけどすぐ、奏さんの笑みは意地悪なそれに変わった。幽霊がインターネットを使うなんて、そんなことできるはずがないのに。マウスとキーボードを手で掴もうにも、するりとすりぬけてしまうだけ。茜の部屋に忍び込んで茜が見ていない隙にそんなことをやってのけるなど、絶対無理に決まってるのに。……てか奏さん、僕がそういう状態なの当然知ってるよね? まさか死んだ後も『ぐぐれか○』など言われるとは思いもしなかったのだけど。


「あの花の旬は、本当は九月なんです。今ここで探しても、多分見つからないと思いますよ?」

「そうだったのか……」

「そうです。確か君が茜さんを海で助けたのも、丁度その頃だったと聞いてます」

「…………」


 奏さんの言うとおり、あの日とは今から三年前。九月の夜の黒い海だった。

 時間は二十二時頃だったと思う。僕は茜の母親から『茜がいつになっても家に帰ってこない』と電話を受け、慌てて家を飛び出したんだ。とはいえどこにも探す宛もなく、僕は家の近所をひたすら走り回ることしかできなかった。ただ茜のことだけを想いながら。当時はその数が少なかった茜の笑顔だけを、なんとか必死に思い出しながら。

 だけど徐々にその記憶は薄れていく。結局一時間くらい走っただろうか。疲れとともに、頭に思い浮かぶ茜の顔が、笑顔から涙顔へと変わったとき、僕は七里ヶ浜の海へと足を向かわせていたんだ。


 遥か遠くに見えた茜の姿は、月光に照らされた白い砂浜の上で、ちょこんと体育座りをしていた。僕は慌てて彼女のいる場所まで走る。間もなくすると茜は立ち上がり、海水が徐々に彼女の身体を包み込んでいく。まずは足の方から。僕はさらにスピードを上げる。それでもいつになっても追いつくことができなくて、黒い海が茜の胸元まで覆い尽くすのは、あっという間だったんだ。


「ところでその花言葉にある、『また会う日を楽しみに』って、どういう意味だと思いますか?」

「え……?」


 奏さんは僕の思考を遮るように、淡々とその質問をしてきた。


「また会う日、ですよ? 再会という二文字に訳せそうですが」

「それだったらその通りそのままの意味じゃないのか? 再会する日を楽しみにって、離れ離れになってしまった二人が、いずれはまたどこかで出逢って……」

「ええ、その通りですね。二人はまたいつか、どこかで会えるのでしょう」

「だったら……」

「ただし問題は、その二人がどのような状況に置かれているかです」

「え……?」


 奏さんの瞳は優しい朝日を取り込んで、奥の方で黒く光っているのがわかる。そこにいるはずの僕は、一体どのように映っているのだろうか。本当ならもういないはずの僕。だけど奏さんははっきりと僕の方を見つめて、こんなことを言ってきたんだ。


「前にも話しましたが、その花は色によって異なる花言葉を持っています。例えば赤と黄色の花には、『悲しい思い出』という花言葉があるんですよ」

「悲しい思い出……?」

「美しい花であるにも関わらず、昔から不吉なイメージを連想させてしまうその花は、人の死というものさえも予兆させてしまうと言われています」

「…………」

「ともすると、先程の白い花の花言葉にある『また会う日』というのは、転生を意味しているのではないでしょうか」


 転生。つまりは、生まれ変わりということか。

 人はその身体が滅ぶと、魂は一旦あの世へ還り、またいずれ新しい人生を授かってこの世に戻ってくるとされている。ただしその時は当然前世の記憶などないわけだから、転生した後に前世の大切な人と『また会う』なんてことは事実上不可能だ。

 それでも……と、僕はその言葉の持つ意味をもう一度考えてみる。やはり当然ではあるけど、何も出てくることはない。根拠のない真っ暗な空間の中に、僕はぽつんと一人立たされてしまったような気がしたんだ。

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