Lesson5: 夏の終りに

幽霊が女子風呂の覗きを卒業したら

「どうかなさいました? 最近女子風呂の覗きをようやく卒業したようですが」

「…………」


 ユーイチ先輩と茜がデートをしてから、およそ一週間が経った金曜日の朝。

 世間ではもう間もなく夏休みが終わりを迎えようとしている。八月も終わりに近づいた頃、僕はチロルハイムの庭先で、あの花を探していた。とはいえ僕は、その花の茎しか見ていない。その茎が成長して、いずれどのような花を咲かすのか、僕はそれさえも知らない。それ故、手がかりは今からおよそ一ヶ月前にこの場所で見たその茎のみ。ただし以前に奏さんが話していたとおり、もうそこには花の咲いていた痕跡すら残っていなかったんだ。

 茜もあの花のことは知っていた様子。だから僕も見たことのある花なのかもしれないけど。


「別に卒業とか……。元々僕にそんな趣味はありませんよ」

「あれあれ? 一時期は毎日のように、茜さんのお風呂を覗いていたじゃないですか」

「それは……。あの頃は茜に用事があったからで」

「そしたらもう、その時の用事は済んだということでよいのですか?」

「…………」


 用事か……。そもそも僕は茜に用事なんてあったのだろうか。

 僕は今から二ヶ月も前に死んでいて、この世に存在していた僕の身体というものを全て失っていた。この世に残されたのは今ここにある、僕の魂のみ。とはいえ、これが本当に僕の魂と呼べるものなのか、それさえも実感を失いつつあったんだ。なぜなら成仏の仕方さえもわからないままこの世を彷徨っているわけで、どうしたら今の状況から脱することができるのか、正直答えようにも自信がない。

 本当は、あいつ……茜のためにこの世に留まっているものだと信じていた。僕がいないと茜が寂しがるから、茜は僕を必要としていたから、だから僕の魂はこの世に留まってしまったのだと。あいつが元気を取り戻すまで、あいつがもう一人でも大丈夫なんだって、そうはっきりと言い切ることができる日まで。ただし、もしそれなら僕はもうとっくに必要がないはずで、そう結論を下すことができたなら、僕は無事に成仏ができるんじゃないかって。


 一週間前のあの日、あいつは『もう二度とあたしの前に現れないで』って、確かにそう言ったんだ。だから僕はとっくに用済みのはず。この世にに残る意味のない幽霊など、未練なども残さずに、とっとと成仏しなければいけない。

 だけどそもそもの話、成仏なんてどうやってすればいいんだ?


「……ああ。僕はもう、とっくに用事は済んだはずなんだけどな」

「それはおかしいですね。だったらあなたはとっとと成仏しなくちゃいけないのに」

「そのやり方が、全然わからないんだ……」


 奏さんは僕の困った顔を見てくすくすと笑っていた。一体何がおかしいというのだろう。人が困り果てた姿を見るのがそんなに楽しいのだろうか。もしそうなら奏さんはとても意地悪な人だ。

 だけど本当はそうじゃないんだって。奏さんが笑っているのは意地悪だからとかそういう理由ではないことに、僕は本当は気づいている。だけどやり場がないのは変わりないから、僕は奏さんを睨むことしかできなかったんだ。


「一ヶ月前にここで見た、あの花の花言葉を覚えていますか?」


 すると奏さんは僕の俯く顔を見て、こんなことを聞いてきたんだ。

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