アイドルと女子寮の管理人がショッピングを楽しんでいたら

 二人は、洋品店の中へと入っていった。

 二人というのは、茜とユーイチ先輩のこと。ここでいう洋品店というのは、女性ものの服を取り扱うお店のこと。ユーイチ先輩とやらは最初は少し嫌がった素振りを見せていたけど、そこは茜も抜け目ない。ユーイチ先輩の左腕を茜の両腕でぐっと掴むと、そのまま自分の胸の谷間近くまで持っていき、完全にホールドする。ユーイチ先輩は慌てた顔で掴まれた左腕を離そうと試みるが、茜は涼しい顔でそれを決して許そうとはしなかった。


「あら。茜さんも随分と大胆ですね。……あれ、先輩? どうかなさいました?」

「……あたしもあれくらい胸があったら……」

「…………?」


 ここはそんな光景からおよそ十五メートル後方。楽しそうな顔を浮かべながら拝見している奏さんと、何やら自問自答を繰り返している美歌さんがすぐ真横にいる。……なるほど。それを聞くまで特に気にしたことはなかったけど、西洋人形のような華奢な身体つきの美歌さんの胸は、茜や奏さんのそれに比べると確かにやや小振りだった。


「そんな風にいやらしい顔で女性の身体をじろじろ見るから、いつも誤解されるのですよ?」

「何よ? 奏ちゃんまであたしのこと小さい小さいって言うの!?」

「違いますよ。今のは先輩に言った言葉ではありません」

「ああ……そっか」


 と、恐らく先程の奏さんの発言は、恐らく僕に対して発した言葉だったのだろう。僕はそこまで言われるほど不審な顔をしていたのだろうか。奏さんは小さくくすっと笑い、美歌さんは相変わらずぶつぶつ何か小言を溢している。きっと美歌さんのコンプレックスは相当なものに違いない。


 そんな美歌さんの様子を知ってか知らずか、茜とユーイチ先輩は徐々に店の奥の方へと入っていく。ただしユーイチ先輩とやらは、女性ものの洋品店に入った後についてはどこか場慣れしたような態度だった。むしろ僕の方こそこんなお店に来るのは初めてだし、異世界の空間に迷い込んでしまったようでそわそわした気持ちになる。僕とは対称的に、ユーイチ先輩の方は茜が着るかもしれないその服をしっかり品定めしている。一番最初に手に取ったその服も茜が普段着る服とはどこか違っていて、ただし断然茜に似合いそうな服でもあった。

 青と白を基調にしたワンピースは、まるでそのまま空と雲を現しているかのよう。色だけでなく、裾やスカートの長さまで、バランスの取れた落ち着きのある雰囲気は、茜だったら絶対に選ばないであろう大人の洋服そのものだった。


 ユーイチ先輩の服の見立ては確かだった。ひょっとすると真奈海さんやここにいる美歌さんと、何度かこんなお店に足を運んでいるのかもしれない。それというのも先程ユーイチ先輩が選んだ服はどこか真奈海さんが普段着る服に似ていて、茜もあの顔、そのことにしっかり気づいているようだった。最初は訝しい顔で睨んでいたそのワンピースを、少しずつ納得して、最後には彼の選んだ服をそのままレジへと持っていく。


 こうして僕の知らない茜がまた一歩、前へ歩いていくのだなって。


「茜さん、楽しそうですね」

「あの服どこか真奈海っぽいイメージがあって、若干釈然としないけどね」


 奏さんも美歌さんもおよそ僕と同じ感想のようだ。

 だからきっと胸に湧き上がるこの感情も、特別なものなどではないはず。


「そこに少しでも不安に感じるのなら、彼女の近くに行ってみてはいかがですか? あなたの姿はあの二人には見えないのですから」


 そんな僕の耳に届いたのは奏さんの声だった。今のは間違えなく、僕に対する言葉。


「え? 今、何か言った?」

「いいえ。何でもありません」


 僕は一体何を確かめたいのだろう。澄ましたような奏さんと美歌さんの会話を背後に聞きながら、僕の足は前へと、茜とユーイチ先輩の背後二メートルの場所まで迫ってきていた。

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