アイドルたちが喫茶店でコーヒーを飲み始めたら

 茜と美歌さん、そして奏さんとユーイチ先輩の四人は、ショッピングモールの片隅にある小さな喫茶店へと入った。夏休みのせいか、平日のおやつの時間はやはり学生の姿が多い。ともすればいくら茜がうまく変装していたとしてもさすがにバレるんじゃないかとも思ったけど、茜や美歌さんはこうした状況にも慣れているのかむしろ堂々としていて、それが逆に自然体にも見えた。いや、本当は周囲からもバレていて、だけど一々気にしていないという方が正しいのかもしれないが。


「それで美歌先輩は、どうしていつも真奈海先輩とイチャイチャしてるユーイチ先輩を見ても、我慢していられるんですか?」

「ブハッ……」


 そんな穏やかな喫茶店にて、茜の弓矢を引くような質問に、美歌さんは飲んでいたアイスコーヒーを思わず吹き出しそうになる。小さな女の子の純粋な疑問シリーズ第二弾といった具合で、それはユーイチ先輩に留まらず、奏さんさえも唖然とさせるのに十分な破壊力を持っていた。


「だって美歌先輩、去年京都の修学旅行でユーイチ先輩に告ったって」

「その噂の出所をぜひ詳しく知りたいわね!!!」


 美歌先輩はユーイチ先輩を睨む。ユーイチ先輩が慌てて首を横に振って否定する辺り、どうやら茜の言ってることは真実のようだ。奏さんはというと一人溜息をついて、ホットコーヒーを口元へと運んでいた。美歌先輩も茜もユーイチ先輩も他の三人は全員アイスコーヒーであったけど、奏さんだけはこんな暑い夏の日でもホットを選択する辺り、どこか抜群の安心感さえ漂わせている。


「ああ、真奈海先輩ですよ。美歌先輩が入院してる頃、糸佳先輩と二人でずっとその話をしてたので、あたしはそれ聞いて知ってるだけです」

「それどっちかというと真奈海じゃなくて糸佳ちゃんだね!!」


 美歌さんは少し声を荒げ、怒りの顔はやはりユーイチ先輩の方へとぶつけていた。これだけ聞くとユーイチ先輩はどう聞いても無罪のように思えるけど、どうやら寮生の怒りの矛先役というのも管理人のお仕事ということになってるようだ。今日はますます女子寮の管理人とやらに同情の余地が芽生えてくる。

 ちなみに糸佳ちゃんというのは、恐らく美歌さんと真奈海さんがユニットを組む『BLUE WINGS』のもう一人のメンバーのこと。『BLUE WINGS』は現在三人で活動を続けていて、歌とダンスで前を引っ張る真奈海さんと美歌さんに対し、糸佳さんはバックバンドメンバーとして後方を担当している。真奈海さんや美歌さんと同じ年でありながら、作曲活動もこなす女子高生アイドルということで、その界隈では別の意味で有名人だったりするそうだ。


「そんな美歌先輩がユーイチ先輩に告ったとかいう噂は正直あたしにはどうだっていいんです」

「うん茜ちゃんにとってはそうかもしれないけど、あたしにとってはどうでもいい話でもないんだけどな」

「それよりあんなに二人がいっつもイチャイチャしてて、気持ち悪いと思うことってないんですか?」

「もちろん気持ち悪いよ! 二人とも今すぐあたしの前から消えてほしいと思うことなんてしょっちゅうあるけどさ」

「……おい」


 茜の顔に美歌さんの顔は急接近していた。最後にツッコミを入れたユーイチ先輩のことなど一切気にも止めず……いや、あえて無視するかのようなそんな態度でもあった。もちろんこんな状況であっても我関せずと甘い香りを運んでくるブラックコーヒーをちびちびと飲んでるのは奏さんだ。てか高校入学したばかりの女子高生がミルクも砂糖も入れずにブラックで飲むのかよ!?


「それでも、好きな人はどれほど時間がかかっても、好きなままなんじゃないかな?」


 だけど美歌さんも美歌さんだ。茜の無茶振りな質問に対してもやはり真っ直ぐと向かい合っている。奏さんとは別の方向で美しい大人の女性に思えたんだ。


「茜ちゃんにはそんな風に好きだと思える人、本当にいないの?」

「あたしは……」


 そして美歌さんは、茜にストレートな質問返しをする。その瞬間、美歌さんは僕の方をちらりと一瞥した気もした。やはり美歌さんは僕のことを……。


「だからあたしは、茜ちゃんがもう少し時間がかかってもいいと思うんだよね」

「…………」


 女優としてもアイドルとしても、常に大人顔負けの仕事をこなしてしまう茜。だけど今はネジが外れてしまったかのように、小さな子供に戻ってしまっていた。そんな茜に手を差し伸べ、優しく引っ張ってくれる美歌さんの顔は、日差しの強い夏の午後に優しい風を運んでくる。茜は迷い犬のようにその手を信じていいのか、まだそんな顔をしているけれど。

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