海辺でお風呂の覗きに対する尋問が始まってしまったら

「美歌先輩。こいつのこと、やっぱり見えてたんですか?」

「ああ、うん。一応…………ね」

「いつから!? まさかあんた、美歌先輩の風呂場まで覗いてたの!??」

「え。茜ちゃんの彼氏さんって、そんなすけべな覗き魔だったの!?」

「違う。風呂場を覗いてたのは茜の時だけだ!!」

「あたしの風呂場を覗いておいて、明らかに自分は無実だみたいな言い方、それ絶対間違っているよね?」


 釈然としない。いろんな意味で。あたしの裸だったらオーケーみたいな理論がやはりおかしいとしか思えないんだ。


「ちなみに言っとくと、あたしは七月くらいに君がチロルハイムに現れた頃からずっと見えてたよ。恐らく、茜ちゃんが見えていなかった頃も含めてだけど」


 あたしは『そうなの?』と透に疑いの目を向けるが、透は慌てた顔で首を横に振るばかりで、それは何の回答にもなっていなかった。とりあえずわかったことは、透が美歌先輩に見えてたってことに、透自体が気づいていなかったという具合なのだろうか。


「なんで……。それって、あたしだけ透が見えてなかったってことですか?」

「違うって。恐らく見えていたのは奏ちゃんとあたしだけだと思う。茜ちゃんがお風呂場でだったら彼のことが見えてたって話は今知ったくらいだし、それはまぁ、御愁傷様……なのかな?」

「そう。僕が風呂場覗いていたのは茜だけだって……信じてもらえました?」

「…………」

「にしても茜ちゃんの彼氏さんって、どうやら相当鈍感な幽霊さんのようだね」


 ねぇ透。それひょっとして、あたしをわざと怒らせたりなんかしてないよね?

 透はあたしを宥めようとしているつもりなのか、尻尾をぶんぶんと振りながら甘えた表情でおやつをねだっているかのよう。あたしはあたしでそんなの許すことなどできず、今すぐにでも透の顔をぶん殴ってやりたいところだったけど、どうせ幽霊にあたしのパンチなんて当たるわけない。そもそも美歌先輩の手前、そんな反応などできるはずもなく、あたしはやはり深い溜息をつくことしかできなかった。吐いた息はそのまま波の音にさらわれて、海深くの場所まで沈んでいく。


「つまり、美歌先輩が透のことを見えてた場所というのは、風呂場ではなく……」

「どうしたら僕の言ってることを信じてもらえるのかなぁ〜?」

「あんたは黙ってて!!」


 一喝した声がそんなに怖かったのか、透は急に子犬のようにしゅんとなってしまった。それを美歌先輩は笑い飛ばしながら見ている。なんだかすごく恥ずかしい。


「少なくとも真奈海は透くんのこと見えてなかっただろうし、恐らくだけど、奏ちゃんは実家がお寺で、あたしの場合はほら、こういう性格だから、幽霊とかに敏感なだけだと思うよ。むしろ茜ちゃんがお風呂場?……で、透くんのことが見えてたことの方が奇跡なのかもしれないよね」

「奇跡……?」


 幽霊に奇跡もへったくれもあるのだろうか。元々幽霊が苦手だったはずのあたしに言わせると、そんな奇跡に遭遇したところできっと嬉しくもなんともないとは思うんだ。


「前にね、奏ちゃんと透くんのことについて話をしたことがあるの。どうして茜ちゃんの前に現れることになったのかって話をね」

「なにその妙に明るい幽霊談義みたいな!??」

「奏ちゃんも言ってたけど、やっぱり茜ちゃんだけじゃなく、透くんの強い想いもあったから、この束の間の奇跡が生まれたんだと思う。逆に透くんの想いだけだったら、透くんはあたしや奏ちゃんには出逢えても、茜ちゃんには出逢えなかったかもしれない。茜ちゃんの特別な感情がお風呂場?……に透くんを呼び寄せたんじゃないかな」


 その一々風呂に『お』を付けたり疑問形になる必要もないと思うんだけどな。

 そんな話はともかくとして、やはり美歌先輩の言葉の一つ一つには違和感ばかりが込み上げてくる。奇跡とか、特別な感情とか、彼氏とか。透は、あたしにとってただの普通の幼馴染のはずで、本当にそれ以上のものがあったのだろうか。あの時だって透は『ただの幼馴染』と、はっきり答えたはずだ。その回答がきっかけで、あたしは透を一時は拒絶してしまったけれど。


 だって、それが今更何になると言うの?

 透は幽霊で、あたしだけ生きていて……。

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