アイドルの朝の顔に元気がなかったら

「茜さん? 今朝もまだ、気分が悪いのでしょうか?」

「…………」


 奏さんが茜にそう尋ねるものの、茜はじっと黙ってテーブルの上のお好み焼きと睨めっこを続けるだけだった。別にお好み焼きに恨みがあるわけではなく、きっと茜をそんな顔にさせてしまった犯人は、僕なんだろうって。


「昨日も……って、茜ちゃん昨日から調子悪かったの?」

「そうだった? 夕食で引っ越しそばを食べてる時は、至って普通だった気もしたけど」


 美歌さんは心配そうに、真奈海さんは淡々と会話を繋げる。そういえば昨晩美歌さんが寮に帰宅したのは夜遅くで、夕食も一人外で食べてきたようだ。

 美歌さんといえば、高校生とは思えないほどの大人びた顔立ちで、且つ何事にも冷静沈着に振る舞うその性格から、主に同世代の高校生女子から圧倒的な人気を誇るカリスマ歌手といった具合だ。一人でラジオ番組のパーソナリティーを務めるなど、パートナーである真奈海さんに負けず劣らずの忙しさであるはず。

 どちらかというと真奈海さんの方が清純派国民的女優と騒がれた頃が過去の話となりつつあって、女優を休業中の今となっては、まったりアイドル活動を続けている印象があった。確かにそこから溢れ出るオーラは女優の頃と全く同じなのだけど、今はその羽を休めている最中で、虎視眈々とその時を狙っているだけのように見えなくもなかった。茜が『あんな春日瑠海は絶対許さない』って、いつも言ってたもんな。茜にとって真奈海さんは絶対的な憧れの的であって、真奈海さんを追いかけるために茜は去年この女子寮へ引っ越してきたはずなんだ。


 そのはずなのに茜は、どうしてこんなにも元気がないのだろう。


「ひょっとして茜さん、昨晩のお風呂場で何かあったのじゃないですか?」


 次に奏さんは、優しい声で茜に尋ねた。僕にとってそれはわざとらしい質問そのものであったけど、だけどそれ以上の何かが僕の中でこみ上げてきたのも事実だった。


「男の子の……声が、聞こえたのよ」


 ようやく茜は、今日初めての声を出したんだ。弱々しくもあり、だけどはっきりとした声。すると茜は卵から孵ったばかりの鳥の雛のように、辺りをきょろきょろと見渡した。当然その先には僕の姿もあるはずなのだけど、茜の視線はそのまま僕をスルーしてしまう。視線の先が一回りしたところで茜は胸を撫でおろし、深いため息をついたんだ。


「男の子って……まさかユーイチ、こんなしょんべん臭いガキの覗き見でもしたの?」

「ちょっと真奈海先輩。誰がしょんべん臭いガキですって? そもそもこんな真奈海先輩のヒモみたいな男に覗かれるほど、あたしが隙を作るわけないと思うんですけど」

「おい、真奈海、茜。そろそろいい加減に……」

「そっか。わたしの誘惑が足りないからユーイチはこんな三下女優にふらふらと行っちゃうんだね」

「誰が三下女優よ! いつまでも中途半端に売れない三下アイドルなんかにそんなこと言われる筋合いはないわ! ……ねぇ美歌さん。いつまでもこんな三下アイドルと組んでないで、そろそろあたしとユニットを組みません? その方が絶対売れると思うんですけど」

「って、そこであたしを話に巻き込むな〜!!」


 さっきまでの茜の顔が嘘のように、朝の食堂は女の戦場へと化していた。

 茜は真奈海さんに憧れて女優を目指し、真奈海さんが女優を休業してアイドルに専念すると、茜も追いかけるようにアイドルとしてデビューした。それから一年が経ち、茜はアイドルとしてはそこそこ成功しているものの、女優としては未だに『ポスト春日瑠海』の称号が付けられたまま。そんなんじゃ駄目なんだって、茜はいつも言っていた。絶対にあの春日瑠海を超えてやるんだって、そう宣言はしていたけど、まだ夢半ばといった具合。

 だからこんなところで茜は足を止めてる暇はないんだって……。


 奏さんは僕の姿を確認すると、茜に気づかれないように笑顔を向けてくる。その無言の顔は『だから大丈夫だよ』って、僕にそう伝えてきているような気がしたんだ。

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