第50話 国王陛下の憂鬱

国王フェルナンデス3世は退屈していた。


「その案ですと派閥の均衡が崩れてしまいます」

「やはりそれぞれ伯爵と子爵数は均一にすべきかと」

「それでは弱小勢力が有利ではないか」


御前会議の政治部会―純粋な貴族のみが参加できる、つまり軍人は締め出される―で何を騒いでいるかと言えば、国王主宰の夜会への招待者についてである。

戦時中に呑気に夜会かという指摘もあるが、戦時国債を貴族に買わせるために必要なのである。貴族には自分の家と領地に対する執着はあるが、愛国心などというものはない。しかし国王主宰の夜会という人数限定のパーティーに招待されることはステータスになる。

貴族は自分よりも地位の低いものや敵対派閥の者が自分よりも優位に立つような場面に耐えられない。国債の購入を夜会の最中に組み込めば、その場での優越感の確保のため、競って金を出すのが貴族という生き物である。


「派閥の均衡を図るのではなく、国への貢献の順に招待せよ」


国王の一言で不毛な議論が終息するが、そうなると貢献の定義で揉めることになる。

各大臣や役職持ちの貴族は良いとして、自分の派閥や領地の繁栄のみに心血を注ぐ貴族たちの何を貢献と捉えるのか。


「やはり、陛下への献上品でしょうか」

「それは分かりやすいが」

「献上品と言えば、今年もそろそろではないか?」

「ああ、そう言えばもう麦の穂も黄色くなったな」

「川に住む光の妖精だったか、光を発して夜飛び回るとか」

「下らぬ。あれはただの虫だ」


話しが脱線し、この先不毛な議論が続くだけだろうと推測した国王は持ち込んだ厚い報告書を開き、それを読むことにした。

国王は自分で書類を作ったりすることはないが、毎日膨大な報告を受け、指導をし、決裁をする。

その場で理解できるような事であれば報告者が持参する書類にサインするだけで良いが、報告の内容が多岐にわたったり複雑な事であれば書類は当然厚みを帯び、一人あたりの割り振られた時間―5分から10分―内で読み込むことは不可能である。したがってその指導あるいは決裁日の数日前にその報告書を投げ込ませ、事前に読み込んで置き、不明点について下問するようにしている。

にしても、毎日何十件という件数がある他会議や訪問者との会談、国営施設への視察など忙しく、報告書を読むためだけの時間を取り難い。

夜間もまた夜会などがあり、就寝前の自由時間まで削る気になれない。

その為、会議などに参加していても存在意義のないこういう時間を使っているのである。


「ん?」


国王は報告書の内容に違和感を覚えた。

参謀総長が赤で下線を付している「不適切な経費の使用・組織的横領の疑い」の部分にではない。

・第一線部隊から後方部隊に至るまで教育訓練が実施されていない。

・訓練管理を監督すべき各級司令部も訓練検閲等の計画をしていない。

・何故か毎年教育訓練用弾薬(古くなった備蓄弾薬)が消費されているが、消費に伴う証書が存在していない。

・糧食費だけでなく、携行糧食も相当数行方不明になっている。

・各種燃料も不自然に消費されている。

・戦場地域は射界の清掃や機動路の整備とは関係のない清掃活動に多くの隊力を使用しており、兵たちの士気も非常に低い。

・従軍神官による布教活動の活性化。


特に一番下の項目である。

方面軍の横領やサボタージュといった利敵行為に教会が乗じている。

もしかすると不透明な資金の流れ先になっているのかもしれない。


神官に大佐待遇で従軍を許しているのは魔族と戦争をしていた頃の名残で、魔族や魔物は悉く滅すべしであるという教会の主張は、停戦をして魔族側から兵器をはじめ様々な文化を享受している王国の利益に反している。

それでなくても勇者召喚などしでかして「停戦違反」と非難されかねない事態に陥ったのだ。マリー大佐のおかげで事なきを得たが……


国王に届けられている各種諜報機関の報告にも教会の反国家的活動や言動は指摘されている。

教会も清廉な組織というわけではなく、上層部の奢侈な生活維持のために免罪符を売りさばき、犯罪の温床になっているという指摘もある。


そろそろ国内の教会の上層部を特別警察を使って清掃するか……


本当は教会自体を潰したいのだが、国民の反発もあろうし、周辺国がそれに乗じてくるのは目に見ている。


「はぁ……」


国王はため息を吐いた。



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