第8話 私の部下達
勇者支援隊は3個単位からなる国王陛下直轄の独立部隊である。
・支援隊本部
・給食小隊
・警備小隊
である。
支援隊本部はマリー以下10名で勇者候補への教育と補給、宿営地維持などの恒常業務を行う。
給食小隊は30名で、小隊本部の6名が納入される食糧品の検収、倉庫管理、野外への運搬などを行い、残る24名が3交代で製パンと副食作りを行う。
警備小隊も30名で、10名ずつの3交代で宿営地の警備を行う。
宿営地は工兵中隊が頑張ってくれたおかげで天幕ではなく、仮設住居と簡易倉庫が立ち並び、望楼まで立ててくれたので知らない人が見たら村のように見えるだろう。
「来るのが遅くなって悪かったわね」
「なんもなんも、午前中は納品の業者でごった返してましたんで、丁度良かったです隊長」
そう言って機嫌よく出迎えてくれたのがヴァラード先任曹長だ。
「そう言えば机なんかは特注だから業者が直納するって言ってたわね。搬入ご苦労様」
「いえいえ、それが、搬入どころかカーペットの設置まで業者がやってくれたんで楽でしたよ」
「そうなんだ」
「納品書は、私がサインしておきましたが、よろしかったですか?」
「ええ、受領した物品はちゃんと管理簿に入れている?」
「はい、それはお任せください」
支援隊本部の人員は近衛連隊への異動希望者の中から本部勤務経験者を選んでいる。
優秀な筈である。
「給食小隊の方は?」
「まだ厨房の設置でドタバタしています。今夜は携帯口糧でお願いしますとのことです」
「了解よ。警備小隊は?」
「弾薬庫を中心に警備についています。鉄条網の入り口付近に警備小屋が欲しいと言っていましたので、工兵中隊に連絡しておきました」
「あ、忘れてた! ありがとう」
あとはダンジョンの使用計画を作って持っていくだけかな、と思っていると
「隊長」
訓練係のウォトカ軍曹が声を掛けてきた。
「配布された計画にマスタープランがあったので、週間予定表を作ってみたのですが、確認いただけますか?」
確認してくれというだけあり、それは良い仕上がりになっている。
きっと前の部隊のひな型を持って来たのだろう。
「文句のつけようもないわ」
「複製はここと、参謀本部への送付用の2部でよろしいですか?」
「もう1部、ダンジョンへ提出するのが必要」
「ダンジョンへ!?」
「みんなも聞いて」
そう言って本部事務室の中を見回すと、皆真剣な眼差しを向けて来ている。
「異世界から召喚された勇者候補の少年少女を短期間で勇者に仕上げるため、我が隊は魔王軍と協同で訓練を行います。これは魔王にもダンジョンマスターにも話を通してあります。ダンジョンは魔王軍の拠点であると同時に優れた訓練場です。現在の戦争終結後には魔国内で魔物を討伐することも許されています。したがって我々は魔人と友好関係を築かなければならないのです」
「魔人と!?」
「そう、魔国に住んでいるので魔人と呼ばれているあの方々です」
「でも、交流などなかったのでは?」
「50年前から停戦中だし、お互い手を出すつもりがなかったから交流もなかったのよ。聞きたいんだけどさ」
そう言って一人一人の目の色を確認する。
「50年前の戦いの憎しみを引き摺っている人って、この中にいる?」
「戦いでの生き死には武人の常、憎しみというものはないのではないでしょうか」
ヴァラード先任曹長がそう言うと、皆頷く。
確かに憎しみよりも相手を知らないことによる恐怖の方が大きいのかもしれない。
「そうだ!」
「?」
「みんな、私について来て!」
「た、隊長、ここは?」
「ダンジョンよ」
「え??」
わかるわ。私もここが初めダンジョンには見えなかったもの。
「王国軍スピアース少尉です。魔王軍の方いらっしゃいますか?」
「はい」
暗闇からすっと人影が現れた。
「歩哨係バリアント軍曹です」
そう言って敬礼するバリアント軍曹に素早く答礼をする。
軍曹の軍服に皴はなく、靴は磨き込まれている。
金髪の髪は短く刈り込まれ、肩に吊る小銃から微かに潤滑油の臭いが漂う。
歩哨係が出てきたという事は、接近する私たちの事を歩哨から報告を受け、声を掛けるまでずっと監視していたという事を意味する。
「これからここでお世話になる基幹要員を連れてきました。挨拶をしたいのでエリスにお会いできるかしら?」
「お待ちください」
「管制室にお通ししろとのことです」
暗闇の中から声がした。
既に対応について歩哨からエリスに報告が上がっていたという事だろう。
「皆さん、固まっていただけますか?」
基幹要員は皆優秀なだけあって
「集合」
振り返ると話を聞いていたヴァラード先任曹長が号令を掛けて皆を一か所に集めてくれた。
バリアント軍曹はにっこりと笑い
「はい、大丈夫です。転移しますのでお気を付けください」
「うわ、なんだここ」
誰かが呟いた。声の質からして若い軍曹の誰かだろう。
「マリー」
エリスがにっこりと笑って両手を広げる。
敬礼でも握手でもなくハグしようという意思表示だ。
別に拒否する理由もないのでその提案に乗る。
「来てくれて嬉しいよぉ」
エリス、あなたどれだけ暇なの…
「エリス、紹介するわ」
エリスの抱擁を振りほどき部下を紹介しようとすると
「ああ、いい。マリー以外どうだっていい」
どうだっていいって、その言い方はどうよ…
「ああ隊長、お気になさらず。将校以下の我々はどうせ消耗品ですので」
ヴァラード先任軍曹、それ言ったら部隊の先頭に立つ下級将校だって消耗品だからね。
「エリス、彼らは私と命を共にする同志よ。覚えろとは言わないから、私と同じくらいには大切にして」
「わかった」
相手が大変な年上だと失念して強めにそう言ってしまったが、このツインテ美少女は聞き分けが大変に良い。
「この部屋は、初めてだけど」
「ここは管制室って言って、訓練中の全ての部屋を見ることが出来るの」
「そうなんだ」
「機械がいっぱいだけど、触らないで。訓練場に機械への入力がすぐに伝わっちゃうから」
「ということよ。みんな分かった?」
「はっ!」
うん、元気が良くてよろしい。
「目の前の画面に映っているのが基本射撃訓練場。射手の脇に小さなモニターがあってね。撃った弾がどこに飛んで行ったか見えるようになっているの」
「へぇ、そうなんだ」
「画面を変えるね。今映っているのは戦闘射撃訓練場の標的の1つ。ホログラムだけど、弾がどこに当たったか分かるように手とか足とかにも当たり判定をつけてある」
「おお」
「標的は射場からでもここからでも動かせるよ」
エリスが何か操作をすると、確かに人の形をした標的が右に左に移動する。
「あのう」
若い軍曹が声を掛けてきた。
「なに? 動かしてみたい?」
「あ、いえ、先程隊長は、エリスとこの方をお呼びになったと思うのですが」
「うん、あ、ちゃんと紹介していなかったね。ダンジョンマスターのエリスだよ」
「よろしく」
エリスは首を傾げながら、何を今更と言った顔をしている。
「その、前に受けた昇任試験の一般教養で、昔あった魔王との戦いの中で、停戦直後に現れた大魔人エリスが都市を壊滅させたが辛うじて勇者の仲間によって封印されたってあったので」
「うん、それ本当だよ」
「もしかして、その大魔人の系譜というか、お孫さんだったりします?」
「まっさかぁ」
「ですよね」
「本人だもの」
「え??」
周囲の空気がいきなり凍り付くのを感じた。
「ちなみに私をここに封印したのは勇者の仲間じゃなくて魔王軍の軍師アリスだよ。おかげで見ての通りちびっこだよぉ」
そうか、ここにはエリスの封印場所という役割もあったのか。
手を広げて悪戯っぽく笑うエリスを、マリーはやっぱり可愛いなぁと思うのだった。
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