第9話  勇者候補たち

大臣達と同じ列なんて、一生に一度ものだろうなぁ…

本来マリーは王宮の待合室に待機していればいい筈だったのだが、将官の皆様が方面軍の戦場に出てしまったため、軍代表として勇者候補たちの国王陛下への謁見に立会することになった。

軍事において国王陛下を直接補佐するのは参謀総長だ。

つまりマリーは参謀総長の代理としてここに居ることになる。

だから足許に参謀総長という表記がある場所に立っているのだが、落ち着かない。

「教皇聖下入場」

教皇と教会幹部、そして勇者候補たちが入場する。

教皇と教会幹部はマリーたちの対面である国王陛下に向かって左手に並び、勇者候補の8人だけが通路に残された。

8人は教会幹部の方に行こうとして制止されギョドっている。

いや、そこはさ、ちゃんと説明してあげようよ。

「国王陛下入場」

全員が斜め45度方向変換をし、玉座に正対する。

国王陛下は玉座の前まで来ると、座らずに皆に正対する。

「国王陛下に栄誉礼」

楽団が国歌を演奏し、軍人、つまりマリーだけは着帽していたので挙手の敬礼を、その他の皆様は胸に手を当てて敬礼をしている。

勇者候補の8人はおろおろと周囲を見回している。

おいおい、こういう場での礼式くらい教えておけよ…

「直れ」

国王陛下が着席し、全員が敬礼から直る。

「只今から、勇者候補の国王陛下への謁見の儀を執り行う」

その言葉ではっと気が付いたのだろう。

一番背の高い勇者候補の男が口を開いた。

「あんたが王様か?」

おいおい、不敬もいいところだし、進行役の侍従にも失礼だ。

だが、そんなことはお構いなしとばかりに男は叫んだ。

「俺達をもとの世界に戻してくれ!」

「教皇」

国王陛下は静かに言った。

「彼らをもとの世界に戻すことは可能か?」

「不可能です、陛下」

「戻す手段はないという事だな」

「こちらからは、です。もし、向こう側から同じ召喚魔法を使えば、あるいは」

教皇はしれっと言った。向こう側、つまり勇者候補たちがいた異世界に魔法はないという事は知られているし、仮にあったとして人命を贄に呼び戻そうとするほどの価値は彼らにはないだろう。

「あのう」

中央にいる女が口を出した。

ご下問前に話すなどという事は、王国人なら許されない事であるが、相手が異世界人だからなのか、国王陛下は気にする素振りを見せなかったので、誰もその非礼を嗜めることはしなかった。

「私たちは戦争のない国から来ました。だから、戦えません」

「だから?」

「え?」

「だから、何だと言うのかね?」

「人を傷付けることなどできません」

「余が前に召還した勇者から聞いた話では、そちらの国では交通戦争や受験戦争があり、日々人々はいじめやハラスメントなどで傷付けあっていると言うではないか」

「そ、それはどんな世界でもあることです」

「そうだ!」

最初に発言した男が勢いに乗って

「軍隊なんかあるから戦争が起きるんだ! しっかりと話し合って、戦争なんか起こしちゃいけないんだ!」

「眠り姫」

目頭を軽く抑えた国王陛下がマリーを呼んだ。

「はっ」

「余に代わって、この下らぬ話を終わらせよ」

「はっ」

今度は国王陛下の代理としての発言権を得た。

自由に発言してよろしいというお墨付きだ。

マリーは定位置から進み出て、国王陛下と勇者候補たちの間に入った。

「国王陛下に対して駄々をこねてどうにかなるとでも思っているのですか?」

「俺は嫌だ! 戦争の駒なんかにはならない!」

「聞きなさい!!」

普段はへらへらしているけど、戦場騒音の中で小隊の隅々にまで号令を響かせる程度の声量くらい持っているんだからね。

「魔王陛下は私の友人です。あなた方を魔王軍の討伐に使うつもりはありません」

大臣達も教会の皆様もぎょっとした顔をしている。

にやにやしているのは国王陛下くらいだろう。見えないけど。

「50年前、大変な戦いの後、王国と魔王国は停戦協定を結びました。そして異世界からお呼びしたお客人が大変な繁栄をもたらしてくれました。しかし、それを良しとしない隣国が我が国を奇襲侵攻をし、現在国境の第2陣地線まで押し込まれ、辛うじて持ちこたえている状態です。国境沿いにあった村は全て焼き払われ、生存者はいません。相手は3,000万の国民を皆殺しにし、魔王軍との戦争を再開するつもりなのです」

「だから何?」

一人の女が叫んだ

「そんなの私には関係ない!」

「そう、それは隣国が起こした我が国への侵略戦争であり、召喚で選ばれさえしなければあなたは関係のない事だったでしょうね」

マリーはふっと軽くため息を漏らし

「しかし、あなたは召喚されてしまった。もう今は王国の民です。隣国が1人残さず滅ぼそうとしている王国の民になってしまっているのですよ」

「なっ!」

「あなたの世界では話し合いで戦争を回避させることが出来るのかもしれない。しかしこの世界でそんなたわごとは通じません。魔王国と共存する王国を悪と決め付けて攻め込み、何百人もの国民を虐殺している。そんな相手と何を話し合えと?」

「それでも戦争は間違っている!」

先程の男がまた叫んだ。

そいつは敵に言ってくれよとマリーは思いながらも

「確かにこのままでは、どちらかがどちらかを殺し尽くすまで戦いは終わらないでしょう。しかし、戦争をすぐにでも終わらせる手段が1つだけあります」

「だったら、そうすりゃいいじゃないか」

「はい。だから、その手段というのが、あなた方を勇者にすることなのです。言った筈ですよ。私があなた方の教育訓練を担当すると」

はい、頭の上に???がつきましたね。

「勇者というのはこの世界では特別な存在、それは神に選ばれた勇者候補が試練を経て聖剣に選ばれた存在を言い、人間の軍は無条件に勇者に従います。逆に言えば、勇者が戦場に現れれば人間同士の戦争は終わるのです」

理解できたかな?

「そして現在の戦争を1日でも早く終わらせるため、魔王軍もダンジョンと最新の訓練施設を提供してくれることとなりました。魔国への見返りは魔国で発生する魔物の討伐。魔物の被害さえなければ魔人が人間の領土を侵す理由がないのです。つまり、王国と魔国は利益が一致するため、手を取り合って勇者を育成することになったのです」


本当は、剣と魔法の戦いの時代の遺物と思われている勇者召喚など国費の無駄遣いだというのが軍の本音だ。

しかし、民衆の信仰がまだ存在しているところに目をつけて軍を巻き込んだのがマリーであり、根回しの過程で練り上げた「勇者の存在意義」と「国が教育訓練をしなければならない理由」ついでに魔国との友好アピールを行うという目的は国王陛下のおかげで大臣等のお偉方、教皇以下の幹部、そして魔王候補の者達に一気に済ませることが出来た。

















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