第10話 面接
「どうぞ」
「ありがとう」
さすがに参謀総長代理を独りでうろつかせるのは外聞が悪いと思ったのだろう、王宮内限定で近衛連隊長がマリーにつけてくれた伝令がコーヒーを淹れてくれた。
ちなみにコーヒー豆やカカオ豆の加工技術をもたらしてくれたのも異世界から召喚した人なのだそうだ。
「いい香り」
実はマリーにはコーヒは苦いだけにしか思えないが、香りは楽しめる。
ぐるっと部屋を見渡すと、豪華さはないが落着きのある調度で、鉢植えの観葉植物がいい雰囲気を醸し出している。
勇者候補の面接をしたいと言ったら貸してもらえたこの部屋は普段は会議室として使用されているのだろう。
長いテーブルを横に使い、1対8で面接が出来るよう近衛の兵が椅子を調整してくれた。
マリーの座る椅子は黒い革張りのちょっと高級そうな椅子だ。
「これもどうぞ」
伝令が小皿に入れた金平糖を出してくれた。
きっと自分の携帯口糧から融通してくれたのだろう。
「おいしい」
好意には好意で返す。
マリーはいつもの作り笑顔ではない笑顔を伝令に向ける。
「失礼します」
ドアがノックされ、神官が入って来た。
「神官候補をお連れしました」
国王陛下との謁見の後、神官候補たちは教皇や幹部たちにお世話になった挨拶をさせるという理由でまだ神官の掌握下にあった。本当にお世話したの?あなた。
「どうぞ、入ってもらって」
神官は勇者候補たちを部屋に招き入れると、やれやれと言った顔で部屋を退出した。
勇者候補たちはどういう挙動をするかと観察していたら、あの声の大きい男が向かって一番左の椅子に、次いで発言をしていた女が一番右の椅子にマリーの許可もなしに勝手に座り、他の6名は男は左側に女は右側に外側から埋めるように着席した。
「どうぞ」
伝令は左側からコーヒーの配膳を始めた。
ただし、小さなトレイにはコーヒーカップは2つしか載らない。
それに気付いたマリーの目の前に座った女が立ち上がり
「手伝います」
と言って一緒にコーヒーの配膳を始めた。
伝令はにこやかに予備のトレイをその女に渡し、コーヒーカップを載せている。
その他の者は我関せずと言った感じだ。
一番左の男は女が近くを通る度に舌打ちをしている。威嚇だろうか?
マリーは人事担当参謀からもらった面接資料を手許に広げる。
コーヒーが行き渡り、伝令がマリーの後方に佇立したのを確認し、口を開く。
「では、お前から自己紹介しなさい」
そう言って一番左の男を指差すと、明らかにむっとした表情になった。
マリーは拳銃をホルスターから抜いて男に向け
「さっさとしろ、私は気が短いんだ」
と恫喝した。
「待ってください」
「あ?」
一番右の女が立ち上がった。
「民間人に武器を向けるなんて」
「民間人? 民間人ってなんだ? 私は目の前に入る奴が
そう言いつつも照準を男から外していない。拳銃の照準半径は短いので意識しておかないと別の者に銃口が向きかねない。
「大丈夫だよ」
一番内側に座っていた男が口を挟んだ。
「その銃に弾は入ってない。だって撃鉄が起きてないから」
「ふうん」
よく見ているなと思いながらスライドを前後させて薬室内に弾を送り込んだ。
「これでいい?」
マリーは意識してにやりとした。この男にはきっと悪魔が笑ったように見えている事だろう。
「黙ってろクソ野郎!」
銃口が向いている男が口を挟んだ男に向かって絶叫した。
さすがにまずい状況であるということが理解できたようだ。
「
ぼそっと言った言葉を聞き逃さずに、一番左にタクミ・ヤマザキの身上書を置く。
ヤマザキがファミリーネームだろう。この世界ではその家名に意味はないが。
「タクミ・ヤマザキ、ヤキュウブでキャプテンをしていると書かれているが間違いはない?」
「間違いない」
ヤキュウブのうちのヤキュウは野球、小さな球を投げたり打ったりする競技の事で、ブは部隊だろうか。キャプテンは陸軍では大尉、中隊指揮官にあたる。
つまりは野球という競技をする100名程度の部隊の指揮官と言ったところだろう。
指揮官ならばあれこれ噛みついてくる行動は理解できなくもない、が中堅将校にしてはおつむが足りない、いや浅慮にすぎる。
とりあえず拳銃の撃鉄を戻してホルスターに収納する。
「17でキャプテンという事は、将校課程は何歳の時に修了したの?」
異世界に幼年学校があるとしても、17の大尉は若すぎる。
しかしこの問いかけは相手にうまく伝わらなかったらしく、男はぽかんとした顔をしている。
まあ、いいや。
「次、隣」
「
ツバサ・ニシノ、ケンドウブとある。
ケンドウは剣道、我が国の将校の必須戦技である剣術の演練にも異世界の剣道の竹刀が採り入れられている。
ただ、第一印象ではあるが、彼は戦士の目をしていない。
「次」
「
コウタ・アキヤマ、テンモンブとある。
テンモンは天文、我が国でも教会の中に天文という部署があり、星の並びなどから政策や戦いの吉兆などを占って国王陛下に進言したりしている。
どちらかというと彼は神官寄りの人材なのかもしれない。
「次」
「
ゼン・スズキ、キタクブとある。
「キタクブってなに?」
「えっと、何の部活にも入っていない生徒の事です」
「鈴木はオタク部じゃん」
一番右端の女が侮蔑の口調で言った。
「二次元にしか興味がないキモデブ」
分からない単語が多いが、その女がゼンを馬鹿にしている事だけは分かる。
なぜ馬鹿にする?
他の男との外見的な差異は、髪の毛が長い事と太っていることくらいだ。
髪の毛は刈ればいいし、軍曹に任せておけば体形などすぐに絞り込める。
先程拳銃を冷静に観察していたのである程度の知識はあるし、この中では胆が据わっている方だと評価しておく。
「次」
「
ミク・アキノ、スイブとある。
「スイブってなに?」
「吹奏楽部、えっと金管楽器と木管楽器と打楽器から構成される楽団で、トランペットを吹いています」
「あ、わかった。ラッパ吹きか」
「はい」
「ラッパなら編制に入れてあるから、どこかにあるはず。機会があったら吹かせてあげよう」
先程ミクだけは伝令の手伝いをしてくれた。好意には好意で返すのである。
楽団のラッパと部隊のラッパでは違うだろうが、楽器には違いあるまい。
「次」
「
カリン・スギヤマ エンゲキブとある。
これは分かる。お芝居をする人だ。
「次」
「
カオリ・ミズノ ダンスブとある。
これも分かる。踊る人だ。
「最後」
「
チヒロ・タカノ ソフトボールブとある
ソフトボールなら私も知っている。
訓練係が
一々突っ掛かって来て面倒そうな女だが、実戦においては役に立つのかもしれない。
「よし、私はこれからお前たちが勇者としての試練に臨めるようになるまでの間、勇者支援隊長としてお前たちを教育する責任者となる。私の事はスピアース少尉ではなくマリー少尉と呼べ。私もお前たちの事をファーストネームで呼ぶ」
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