第11話  朝

「隊長、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう」

隊長室の机の後ろに組み立てた野外ベッドから体を起こしたマリーは、目をこすりながら入室した補給係のベルン軍曹を見た。

「お食事をお持ちしたのですが、後にした方がよろしかったでしょうか」

ああ、私が上衣を着ていないからか。

「いえ、ありがとう。机に置いて」

「はっ」

上衣を着ている最中、彼は視線を向けないよう苦労している。

「ベルン軍曹、私は別にシャツ姿を見られても何とも思わない。貴官もそんなに意識しないでもらえないだろうか」

凝視されるならともかく普通に視界に入れる程度で文句を言うつもりはない。部下には普通に上官として接してもらいたいのだ。

「ところで、勇者候補の彼らは?」

「駄目ですね。まだヘロヘロしています」

「うーん、私もまさか、ここに連れて来るのに10時間もかかるとは思わなかった。王都からたかだか40kmしか離れていないというのに」

「徒歩での移動に慣れていないのでしょう。前の部隊の新兵もそうでしたよ」

「昨日は悪かったね。押し付けてしまって」

「いえいえ、隊長の残務が山盛りなのは分かっていましたから」

「夜は教育どころではなかったでしょう」

「だらけてはいましたが、なぁに消灯まで寝かしはしませんよ。補給品受領やベッドメイキング、靴磨きに洗濯なんかさせているうちに時間になりました」

「そう。細々こまごまと面倒を見てくれてありがとう」

「いえいえ、細かい事は我々にお任せを。あ、そうだ今日は銃を授与するのでしたね」

「ええ」

「では、お食事後兵器庫点検をお願いいたします。ゆっくりで構いませんので」

「わかった。よろしく」

ベルン軍曹はうやうやしく敬礼をすると部屋から退出した。



兵器係のミラ軍曹はベルン軍曹の後輩で、二人は原隊(軍曹に昇任した部隊)が同じなので仲が良い。

ちなみにミラ軍曹は守ってあげたい女性兵士ランキングという男どもの暇つぶし非公式ランキングで常に上位に入っているらしい。

「隊長、これでお願いします」

とチェクリストを渡す仕草も小首を傾げてにこりとする等、自然に可愛らしく見せる術を身につけている。マリーは真似しようとも思わないが。

「よく整備されているね」

本来小銃や短機関銃など、個人で管理すれば良いのだが、基幹要員が働く事務室は狭いので、警備事案でも起きない限りは兵器庫で一元管理させることにした。まあ、最悪の場合でも皆私物の拳銃を持っているので銃と弾薬を搬出するまでの繋ぎにはなるだろうという判断からだ。

「銃口摩耗まもうはどれも同じ程度ですので、出荷段階で一番精度の良い銃に照準眼鏡スコープを取り付けられるようにして、上級射手のミラ軍曹に割り当ててあります」

「うん、その辺は任せるよ」

「あと、勇者候補生たちの銃は今日から個人管理になるんですよね」

「そうだよ。居室に銃架入れてくれてるよね」

「はい。それで、弾も持たせておくのですか?」

「いや、それはしないでおこう。そこまで彼らを信用できない」

「ですよねー」

「数量は、問題ないね」

マリーはチェックの終わったチェックリストをミラ軍曹に返した。

「ありがとうございます。では手入れ用毛布と手入れ具も居室の方に運んでおきます」

「うん、頼むわね」



「隊長、隊長車の整備終わりました!」

事務室に顔を出すと配車係兼整備係兼運転手のマルコ伍長が元気に報告してくれた。

「あら、予定より早く終わった?」

「必要な部品が揃っていたので、前詰めで終わらせました」

「じゃあ、今日から運行頼むわね」

「はい」

元々マリーは王都の将校宿舎から毎日通いの予定だったのだ。

「隊長!」

ソファに腰掛ける暇もなく、給食小隊長のミゲル曹長が飛び込んできた。

「ちょっと、よろしいでしょうか」

「どうしたの、血相変えて」

「実は今日の昼食、献立通りお出し出来ないので、献立の変更の許可を頂きたく」

「待って、まずはソファに座って、落ち着きなさい」

ミゲル曹長をソファに座るよう促すと、マルコ伍長がコーヒーを2つ準備する。

「まずは、コーヒー飲んで落ち着きなさい」

「はい」

幸い携帯口糧をはじめとする非常用糧食は倉庫に唸っているので、最悪調理のできない状況が起こってもしのぐことはできる。

「何があったの?」

「はい、本日調理に使用する生鮮食料品を検収していたところ、業者が違うものを納品しようとしまして」

「違うもの?」

「調理済みの食品です」

「献立と違う物っていうこと?」

「いえ、献立の品目と同じ物なのですが、昨日のうちに調理した物を納品しようとしたのです」

「断固拒否」

「はい、業者に持ち帰らせたのですが、その際、業者がレジン子爵の名前を出し、他の業者にも手を引かせるよう圧力をかけると脅していったのです」

「はぁ…こちらは国王陛下直轄部隊なのよ。子爵ごときに何ができると思っているのかしら」

「嫌がらせ程度にはできると思いますが」

「うーん、そうね。わかった、ミゲル曹長」

「はい」

「政治向きの事は私に任せなさい。あと献立変更も許可します。あなたは小隊を調理に集中させなさい」

「はい」

「ヴァラード先任曹長」

「はっ」

「聞いての通りお馬鹿さんが現れたみたいなので、釘を刺してくるわ。こういう輩は放って置くと舐めてかかってくるからね。だ・か・ら」

「本日は、えっと訓練係」

「本日は小銃と銃剣を交付した後、午前中構造機能、午後は教練の予定です」

「わかった」

マリーはさっと考えを巡らせて

「それじゃ、先任曹長が場を仕切って、各係は補佐をしなさい。午後の教練で重視することは、執銃しつじゅう時における敬礼、つまり立てつつになつつの際の銃礼、それからささつつが出来るようになること。なぜかわかるわね」

「それが分からないと、自分が敬礼されて言うことに気付かないというのと、王族対応ですな」

「その通りよ」

マリーはヴァラード先任曹長に微笑んだ。




  



 












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