第12話 ダンジョン村の村長

「その辺で車を磨いていますので」

後部ドアを押さえるマルコ伍長が御用があればお呼びくださいと言った。

軽く頷き、正面玄関に歩を進めると、いかにも執事と言った装いの老人が頭を下げ

「これは将校様、本日は如何なる御用で?」

まあ、訪問の前触れもしていないので怪しむのは当然である。

「ローズ様にマリーが来たとお取次ぎ願います」

「畏まりました」

老人は邸宅の中に消えた。

マリーは振り返ってよく手入れのされた庭を眺めた。

コニファ以外には薔薇の木がとても多いように見える。

「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」

老人に案内されて邸宅に入ると、花瓶に活けられた薔薇の花に目が行った。

「まあ、綺麗」

「ありがとうございます。庭師達が喜びます」

つまり複数の庭師を雇っているということね。

ホールの絵画や彫刻も素敵、銘は分からないけれど。

「こちらでございます」

老人がドアを開けてくれたので入室すると、ソファに座っていたローズが立ち上がろうとした。

マリーはそれを左手で制した。貴族待遇の将校とはいえ平民に対して伯爵令嬢が迎えに立ち上がるなどという真似をしてはいけない。

ローズの対面のソファには立派な拡幅の男性と見るからに上品な女性も腰掛けていた。

男性の服は光沢のある布を使った上質なものである。間違いなくミラーボ伯爵であろう。マリーは彼に敬礼をした。

「王国軍少尉マリー・スピアースです。本日はお嬢様に用件あり罷り越しました」

「こちらに来て掛けたまえ」

お許しが出たので近付くとローズが自分の隣に座れというゼスチャーをする。

ローズは部屋着なのだろう、フリルのない水色のドレスを着ている。

ありがたく隣に腰掛けさせてもらうと、なぜか腕を絡めてくる。いいけどね。

「実は娘に友達が出来たというので、少し調べさせてもらった」

「はぁ」

「スピアース家というのは聞いたことがないのだが、どこのお生まれかな?」

「ああ、はい、父の戦死によって賜った一代限りの名誉騎士の家名で、遺族の特権で家名を名乗っているにすぎません。私自体はただの平民です」

「そうか、だが騎士たる勇敢なお父君の事は誇るべきだろう」

「はい。私もお陰様で陸軍士官候補生学校へ入校することが出来ました」

「失礼します」

メイドが紅茶を運んで来てくれた。

さすが伯爵家だけあって使用人の服も柔らかそうな良い生地を使っている。

「陸軍の知り合いに聞いたが、どうも君は陸軍では有名人らしいね。なんでも眠り姫とか」

「そのお知り合いって、まさか作戦部長じゃないですよね」

「おお、よく知っているな」

マジかぁ、将軍とお知り合いならあらゆることが筒抜けじゃないか。

「それじゃ、私が何をしているかもご存知ですよね」

「勿論」

「本当はローズに相談するつもりだったけど、もし伯爵様が知恵をお貸しくだれば、これほど心強い事はありません」

「ほう、何だね、言ってみなさい」

「私は戦術に関しては自信があるのですが、政治、特に貴族がらみの事が全く分からないのです」

マリーはそう前置きすると、今朝の給食小隊での騒ぎを説明した。

「ほう、なるほど」

「これは、建前で解決してはいけない、そんな気がするんです」

「当然だな。子爵相手に平民が何を言っても無駄であろう」

「ですよね」

「お父様、何とかならないんですの」

「ローズ、もちろん何とかなるんだが…」

ん? 何を言い淀んでいるんだ?

「これは搦手からめてを使うのが一番効果的だろう」

「搦手、ですか?」

「この手の連中は裏の夜会で繋がっていることが多い」

「裏の夜会、ですか?」

「そう、招待状のいる夜会と違い、毎夜ある屋敷で開催されている夜会は招待状もいらんし身分も不問だ。」

「怪しすぎる…」

「いつか潰してやろうと思っていたのだが、なんだ、利用価値があるではないか」

「と仰いますと?」

「そこはな、賭博、闇取引、そして愛人との密会場所でもあるのだよ」

「愛人…」

「そう、マリー、私の愛人になると良い」

「へ?」

「養子にするには貴族としての血筋があるかという調査が入る。だが愛人にはそんなものは必要ない」

「えっと、私は軍事一筋で、ろくに貴族としてのマナーを身につけておりません。愛人との事ですが、自分で言うのもなんですが、かなり体付きが貧相なので大貴族たる伯爵様の食指が動くようには思えません」

「いや、そういうことではなくてでな」

「お父様、愛人って、どういうことですの?」

「落ち着けローズ、愛人といっても名目だけだ。退屈を持て余した貴族が集う場に正妻は連れて行けんから、愛人を伴う。伯爵の愛人という肩書はくだんの子爵などより力があるからな」

その正妻様は静かに微笑んでいらっしゃる。

まあ、愛人の一人や二人、取り立てて騒ぐような事でもないのだろう。

「あの、愛人の件、お受けしようと思います。それで、今夜にでもお連れいただけるのでしょうか」

「ああ、もちろん。そうなると、本名ではなくあだ名が必要となるな」

「あだ名ですか」

「そう、よくあるのは何々の君とか花の名前とかだな。そう言えば、マリーの勤務地は」

「名前はありませんが、あえて付けるならダンジョン村ですね」

「そこの責任者だな」

「はい」

「ならば、ダンジョン村の村長と名乗るといい。私の友人は長の付く肩書を持っている奴が多いから、話がしやすいだろう」

「わかりました」

「あ、それと、ローズの隣の部屋空いていたな」

「はい、お父様」

「そこに住むと良い。食事も皆で一緒にとるとしよう。マナーのいい練習になる」

「あの、奥様は私が愛人でよろしいのですか?」

「ええ、なんの問題もなくってよ」

奥様、笑顔でそう仰ってますが目が笑っていませんよ。恐い…

「嬉しい、マリーと一緒に暮らせるのね」

ローズは目を輝かせて両手を握って来るし…

「ローズ、住居移転届出したらすぐに引っ越してくるから、ドレス貸してもらえるかな?」

「うん、私たち背丈同じくらいだからきっとそのまま着られると思う」






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