第13話 裏の夜会
マリーはローズが誕生会で使ったという深紅のドレスを借り、普段は
愛人らしからぬ体形については、貴族の性癖は様々であるので問題にならないと聞き、胸を盛る等の対策はしなかった。
「さあ、戦闘開始だ」
今宵裏の夜会が催される屋敷は墓場に面した劣等地、つまりは貴族でも末席である男爵の屋敷である。
ちなみに戦功に対して与えられた騎士という爵位は平民からすれば貴族様の一員だが、血筋を重視する貴族からは成り上がりの貴族もどきという目で見られている。
そのため、貴族の構成員は男爵からというのが暗黙の了解ではあるが、この男爵連中が腐っていると車中で散々聞いた。
「行こうか」
ミラーボ伯爵の手を取る。
ゆっくりと歩く。ドレスで歩き慣れていないマリーにはありがたい。
「煙がすごい…」
ホールに入ると一面の煙で中が霞んで見えるほどだった。
「葉巻と煙草だな。
「下士官兵には嗜む者も多いですが、私は好みません」
「そうか」
そう言えば、士官候補生学校で戦地帰りの教官が夜に煙草を吸う事の恐ろしさを何度も強調していた。
「おや、このような場に珍しいですな」
少し訛りの強い言葉で話しかけて来た男は、ガマガエルを彷彿とさせる顔をしている。
ミラーボ伯爵は一瞥しただけで挨拶すら交わそうとしない。
「お美しい方をお連れですな」
ガマガエルはマリーを舐めるように見た。
「下がれ!」
マリーはガマガエルを睨みつけた。
目力なら男に負けない。マリーが人気ランキングに入らない理由でもあるのだが…
ガマガエルは澱んだ目を背けてすごすごと退散した。
「なんなんです? あれ」
「奴隷商人だ」
「奴隷?」
奴隷は異世界人の影響を受けた教皇が禁止の触れを出したことにより、国は戦争奴隷で稼ぐことが出来なくなった。また、それにより降伏を許さない風潮が出来、神官の制止を無視して相手の軍や領民を殲滅し合う泥沼の戦いとなり、農奴による領地経営を行っていた貴族も教皇の更迭を求めて教会へ寄付をしなくなるという、結果的に教会の力を弱める結果となってしまっている。
「当然、表立って商売はできんから、こっそり奴隷を集めて魔国に売り捌いている」
「え? 魔国に?」
「マリー、車は何で動いている?」
「ガソリンです」
「そのガソリンはどこから仕入れている?」
「油脂を扱う業者かと」
「その油脂はどこから?」
「さあ?」
「魔国だ。内燃機関の技術も発電技術も発展に必要な油脂や鉄鋼などの資源も魔国からもたらされたものだ」
「ええ?」
「近付いて来る者をよく見ておくといい。人間に化けた魔人が何人も居る」
「先程のは人間でしたね」
「そうだ。よく分かったな」
「心根も顔付きも不細工でしたから」
マリーは他人を悪し様に言う趣味はない。ただ、今回に限ってはいやらしい目で舐めまわされた不快感に対しての意趣返しだ。
「50年も平和が続くと利権に群がる蠅で真っ黒になる」
ミラーボ伯爵は肩をすくめた。
「ということは、ダンジョン以外に魔国とつながる場所があるのでしょうか」
「ある。通常の交易路に偽装してな」
使用人が運んできたグラスで喉を潤す。
これはワインやミードではない。軍人が好む酒精の強い蒸留酒だ。それもかなり高級な。
「閣下、お久しぶりです」
うまいうまいと酒を楽しんでいると声を掛けられた。
「おお、レジン子爵、儲かっているかね」
これがレジン子爵か。
背が高く、やせ過ぎて目が窪んでいる。
服の仕立ては上質、指には大きな宝石の嵌った指輪。
「紹介しよう、王都の
「過分な紹介光栄の至り」
「子爵、彼女は俺の愛人で軍の将校でもある」
「ほう」
と言いつつ胸に視線を送って納得するな…
ミラーボ伯爵も不躾な視線に気付いたのであろう、軽く咳払いをする。
「子爵はダンジョン近くに出来た村は知っているかね?」
「はい、先日入札がありましたので」
「彼女はそのダンジョン村の村長だよ」
レジン子爵は右眉をピクリと動かした。
「村長様ですか」
「初めまして、レジン子爵」
そう言ってマリーは右手を差し出した。
レジン子爵は恭しく手を取ると手袋の上から口付けをした。
「可愛らしく村長さんと呼んでいただけると嬉しいですわ」
「承知いたしました、村長さん」
「あ、そういえばレジン子爵のお名前、今日の昼間耳にいたしました」
部下の仕草を真似て小首を傾げ、軽い口調でそう言うとレジン子爵は目を輝かせた。
「おや、私の名前がお耳に届いておりましたか」
「ええ、今朝、部下の所に腐った食品を納入しようとした業者がおりまして、納品を拒否したらレジン子爵に言いつけてほかの業者も納入できなくしてやると言っていましたわね」
「それは、初耳でございますな」
嘘つけ…
「村長さんの所にはしっかりとした物を納入するよう、私から言い含めておきましょう」
「期待しています」
そう言ってマリーはくいっと
尊大な態度は散々司令部などでやらかして来たのでお手のものである。
伯爵の威を借る村長、これでいいのである。
「マリー」
「何でしょう」
「マリーはもう少し肉を付けた方が良いな。食事を増やすよう帰ったら言っておこうか」
「いえ、皆さまと同じ食事がいただけるだけで十分です」
「では、アントルメを…」
これ以上食わされてたまるかとマリーはミラーボ伯爵の手を強引に引っ張って自分の腹に当てた。
「どうです?」
「どうです、と言われてもな」
「コルセットはしていません。帰ったらローズに触って比べてみてください」
「いやいや、触らなくても分かる。マリーの方が硬い」
「私は軍人ですから、鍛えていると食べた分こうなるのです」
「そうなのか」
「愛人としてお聞きしますが、胸やお尻まで硬くしたいとお思いですか?」
「それは勘弁だな」
それ以後、ミラーボ伯爵は擦り寄って来る者への対応で手一杯となり、マリーは周囲で行われている賭け事などを眺めつつ、時折運ばれてくるグラスに注がれた強い酒を楽しんでいた。
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