第7話  ダンスパーティー

磨き込まれた床に白亜の壁、色の見本市かと思う程に咲き誇った大輪のドレス

あーなんて場違いなんだろう。

将官と佐官はいるが、尉官は私一人じゃないか。逃げたな…

確かに働き盛りの尉官にとって我儘いっぱいの貴族令嬢など御免被りたいという気持ちは分かるけど。

「王子殿下は楽しそうに踊っていらっしゃる」

感心して見ている佐官の皆様の影に隠れて、用意された軽食をパクパクと食べる。

この鶏のから揚げという料理は、将校食堂でもまずお目に掛れない逸品だ。

主賓である王子と主催者である侯爵の息子が踊り終わったら我々も令嬢にダンスを申し込まなければならない。ああ、面倒だ。

「おい、眠り姫」

ワインをグラスから一気に飲み干した少佐参謀が絡んできた。

公然と私を眠り姫と呼ぶこいつは人事課の参謀だ。

「はい?」

「その脂ぎった手でご令嬢の手を掴むんじゃないぞ」

「手袋くらい持ってますよ」

「ま、お前も育ち盛りだからな。しっかり食っておけ」

「胸を見ながら言うの、やめてもらえます?」

この会話を貴族相手にしたら大問題になるが、軍人同士なら笑い話の範疇だ。

育ちざかり云々はともかく、しっかり食べておかないと気力が続かない。

人形のように黙っていることは許されないのだ。

「あ」

侯爵の息子が踊っている最中に滑って転んだ。

軍人しかいなければ笑い飛ばして終わりだが、貴族は笑わない。貴族はこういう弱みを見逃さず、後々までねちねちと語り継ぐらしい。

「まぁ」

などといいながら、嘲笑する口元を扇子で巧みに隠している。

いいな、あの扇子欲しい。



「あのう」

人目もはばからずに食べ続けていると、薄い桃色のドレスを着た令嬢から声を掛けられた。

「はい、どの料理をお取りしましょう?」

「いえ、そうではありませんの」

あ、そりゃそうだ。料理が欲しけりゃ使用人を呼ぶわな。

「えっと、私に御用という事でよろしいでしょうか、お嬢さん」

「はい、私はミラーボ伯爵家3女ローズです」

「あ、ご丁寧に。私は王国軍少尉マリー・スピアースです」

「お会いできて光栄です。少尉様」

「こちらこそ、お嬢様。それで私に御用とは」

「実は私、こういう場に慣れておりませんの」

「あ、デビュタントボール終わったばかり(社交界に入りたてという意味)ですか?」

「はい、どうにも殿方が怖くて」

「わかります。でも、よく私が女だとお分かりになりましたね。この成りで」

「分かります。繊細で優雅な立ち振る舞い、女性らしい雰囲気を醸し出していらっしゃいますわ」

呆気にとられている周囲の佐官にどうよ! とばかりに心の中でどや顔をする。

「それで、私は何をすればよろしいのでしょうか」

「私のパートナーになっていただけないでしょうか」

「喜んで」

食べ終わったら踊る相手を探すつもりだったので、手間が省けた。 

ナプキンで口と手を拭うと白色の手袋を装着した。

古式にのっとって左手はサーベルの柄を上から握り、右手を掌を上にして前方に出す。そこにローズの左手がそっと乗る。

「行きましょう」

身分の高い方々は交流モードに入っているので、今は若手が踊る。

フロアに降りたパートナーの数が多いので接触して転倒したりしないよう気を配る。

「思ったより滑る」

床は文字通りツルツルである。

「長靴できた方が良かったなぁ」

磨き込んだ短靴は見栄えはいいが滑り止めがない。

「御心配には及びませんわ」

ローズがこそっと言う。

「私、脚は長くありませんの」

彼女が言っている脚の長さとはステップの幅の事だ。

普通に歩けば大丈夫だと言っているのだ。

「お手柔らかに」

左手をサーベルから離して上げるとローズがさっと女性の定位置に入る。

左を向いて人のいない空間に進行方向を定めて踏み出すとローズがすかさず反応した。

全体の流れに逆らわず、とにかく人のいない所へ進む。進めなければ暫しその場でポーズをつけて停止。

「お上手ですね」

「お嬢様こそ。私は動く先を見つけるので手一杯ですよ」

そう、曲がりなりにも踊っているように見えるのはローズの力によるところが大きい。

「ちょっと休憩しませんか?」

「賛成」



「どうぞ」

発泡酒を取りに戻ったマリーが、グラスをローズに渡すと

「バルコニーの風が気持ち良いですね」

とローズが微笑んだ。

「このまま会場から連れて逃げて下さっても、私は構いませんでしたのに」

「あのう、お忘れのようですが、私は女ですよ」

なんか言っていて空しくなるぞ。

「そうでした。少尉様」

「マリーとお呼びください。お嬢様」

「では、私の事もローズと」

「はい、ローズ」

だから、頬を染めて上目遣いで見るのはやめれ!

「私は軍事しか知らぬ武骨者です。伯爵家令嬢ともなると色々と気苦労が絶えぬのではないかと拝察いたしますが、こういう場で女とばかり一緒にいると良からぬ噂が立ったりするのではありますまいか」

「気苦労など」

ふっとローズは目を逸らし

「毎日毎日、下らぬ男の妄言に付き合わされ、夜会でいかに壁の花になるかの技術を磨いているくらいです」

「下らぬって、貴族だって男は武芸を磨くものでしょう」

「騎馬による一騎打ちや剣術はもう時代遅れだとうそぶいて、日々賭博だなんだと自堕落に生きていますわね」

「なんと」

「マリーの方がよほど男らしく見えますわ」

「それは…誉め言葉になっていませんよ、ローズ」

「誉め言葉です!」

「あ、はい」

「よろしければ、お友達になってはいただけないでしょうか」

「それはもう、喜んで」

断る理由などない。

「嬉しい、マリー」

「だから、その…」

両手を握って目を潤ませるなんて、そんなに今まで友達に恵まれなかったのか…

「私は軍人ですので、出来ないことの方が多いと思います。でも友達になったからにはローズが困ったら出来る限り力になりたい」

「私も家の力を借りることくらいしかできませんけど、困った事があったら、何でも言ってくださいね」












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