第45話 巡視

「……というわけで、第2方面軍はとても地域を大切にしていまして、地元商店街などの評判もいいんですよ」


よくしゃべる男だ、とマリーは思った。

巡視はこのペラペラと関係のない事を話す総務班長が先導し、補助官の後方に課長クラスの大佐が数名随行している。


「総務班長」

マリーは階段の踊り場で足を止めた。

「そこに飾られている絵画や壺は本物いいものだと思うけれど、どういう経緯でこれらを?」

「ああ、軍に協力的な芸術家が寄付してくれるんですよ」

嘘だな、とすぐに分かった。

少なくとも壺は青磁と呼ばれるもので、我が国では生産していない。

マリーは補助官の一人を手招きして総務班長に聞こえないように耳打ちした。

「ここにある美術品が管理簿に登記されているかどうか調べて」

「分かりました。寄付受けの経緯もついでに調べておきます」

補助官はにやりとした。

寄付受けをした物品は作者等の詳細情報とともに時価評価、寄付に関する同意書など管理簿とは別の簿冊にまとめられている筈である。

あれば、の話であるが。

何故そんな話をするのかと言うと、軍や行政組織には汚職防止のため、寄付することが許される上限額が王国法で定められている。

貴族が見栄のために周囲を飾る美術品は屋敷に呼び付けた美術商の言い値であり、それは美術商が取引やオークションで入手した金額よりも当然割高である。

マリーは一度伯爵家の家令に屋敷を彩る美術品の値段を尋ね、驚愕した記憶がある。

では、ここにある美術品は誰が寄付して、その見返りはどうなったのかな?


「便所・洗面所!」

巡視経路に立会した兵が各部屋の入り口に立って叫ぶように部屋の呼称を教えてくれるが、男子便所を覗く趣味はないからね?


「どうです。床は鏡のように光り、埃一つ落ちていません」

何でお前がどや顔をする、総務班長……

誇るべきは巡視経路でも磨き込んだ兵達だろう。


「被服倉庫!」

方面軍付隊の被服倉庫に足を踏み入れると、補給受けをしたばかりであろうか、梱包を解かれていない新品の被服が積み重ねられている。

マリーはまた補助官の一人を手招きし、被服簿と各人の更新状況を確認するように指示出した。


「武器庫!」

武器庫は機関銃などの部隊火器のほか編制定員に満たない、ぶっちゃけ余っている小銃、射撃予習(射撃のための訓練)で使用する監査器や空打ちさせないための擬製弾、双眼鏡、整備用具などが格納されている。

「では私が」

火器担当の補助官がずいっと前に出て武器庫内に貼られたピンカードを管理簿と見比べながら実銃の数量の確認を始めた。

第1方面軍の戦闘開始に伴い第2方面軍でも部品の請求に関する統制は外されている。つまり全ての部品を請求すれば定数外の火器を作れるという事であり、闇で商人に流して裏金を作るのも懐に入れるのも、ましてや鹵獲ろかく(戦闘などにより奪われること)によらず新品で敵国に流れるなどという事はあってはならない。


「通信庫!」

通信庫は火器や車両同様魔族からのオーバーテクノロジーの提供によって充実した有線器材や無線器材などが収められている。

こちらは十分にバッテリーが請求されているか、方面軍の兵站部の補給計画と受領数が合致しているかなどが確認の主眼になる。バッテリーがなければ無線機はただの鉄の箱でしかない。


「このように各倉庫はばっちりと整理整頓がなされ……」

「総務班長」

「はい」

「この経路を私が視察する意味があるのか? 補助官を案内すれば十分だろう」

「はぁ?」

「私を案内するのなら、各部内とか作戦室とかそういう場所ではないのか?」

「そ、それは私の権限を越えておりまして……」

「ほう?」

少佐の階級を着けていながら自分の所属する方面軍の部内や作戦室内に入る権限がないのか、こいつは。

「ならば私との面談予定だが」

「はい、15時以降順に各課長クラスと隷下部隊長を予定しています」

「各部長と参謀長、そして方面軍司令は?」

「と、特に予定は入れておりません」

「なら入れろ、明日一番に」

「そ、総務課長」

総務班長は振り返って総務課長を呼んだ。

しかし、総務課長は補助官とどこかの倉庫内に入り込んでいるのか返事がない。


マリーはアホらしくなって、以降の巡視は補助官に任せ、面談の調整も総務班長に任せ、検査会場までぶらぶらと経路を無視して戻ることにした。

あの総務班長のような人を民草の表現を借りれば何と言ったかな……


そうだ、使ってやつだ。



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