第2話    教会

「マリー・スピアース」


名前を呼ばれて振り返ると、純白の衣装をまとった神官が片手を上げてこちらに正対していた。


「あのう、フルネームで呼ぶのやめてもらえません?」

「は?」

「私の事はマリー、またはマリーちゃんでもいいので」

そう、フルネームで呼ばれると、なにか叱られるのかと身構えてしまう。

態度がなっとらんと散々叱られてきたので…


「仰っている意味が分かりかねます」 

神官は無表情のまま

「準備が整いました。儀式の間までおいで下さい」

と言うと回れ右をしてさっさと歩き始めた。

まあ、眠り姫と呼ばれるよりはいいか…


「あ、皆さん、私に着いて来てください」


参謀本部から派遣された人事・被服・糧食の担当者たちが頷く。

担当者と言っても皆少佐又は大尉という、マリーよりも上級者である。

更に教会勢にめられないという意識からか、分銅を磨き込んだ参謀肩章を吊っているので、とっても偉そうである。

みんな人当たりの良い人たちなんだけどね…



「それでは、召喚の儀を行う」


神官長が杖を重々しく床に打ち付けると、魔法陣の外周に位置する神官たちが詠唱を始める。

マリーは魔法について知識がなかったため、神官たちが何を呟いているのか全く理解できない。

まあ、大人しく立会しているだけであるが、上級者の参謀の皆様の列より前方、つまり指揮官の位置に自分が立たされているのがちょっとこそばゆい。


「おおっ」


突然魔法陣の中が霧がかった。

霧はすぐに消え、魔法陣の中央に8名の人影が現れた。

しかし、喜びの声はない。

神官長以外の魔法陣の周囲にいた20名の神官はその場に、音もなく崩れ落ちた。

全員肌が土色がかっており、ピクリとも動かない。

その20名は部屋に入って来た神官たちによって「搬出」された。


「ふむ」

神官長は得意気な顔で

「今回は5名がやっとかと思っておったが、儂の力も上がったという事か」

つまり、今までは1人召喚するたびに4名の命が必要だったが、今回はそれ以下で済んだ。儂って有能って言いたいのね。


「敬礼」

マリーは少しむっとしたので、物のように搬出される神官の遺体が近くを通るたびに軍隊の礼式にのっとって号令をかけた。

神官は軍の構成員ではないので、遺体に対して部隊の敬礼をする必要はない。

ここにいるのは、法律や規則に通暁する将校である。

そもそも論で言えば上級者に号令をかけること自体おかしいのだが、

それでも確信を持って言える。

今この場だけは、振り向かないけれど、

後ろの参謀の皆様は一緒に敬礼をしてくれている。



スカートを着用しているのが女だと仮定すると、召喚されたのは女4人、男4人の計8名だった。

女は中心にまとまり、男はその周囲に散在している。

髪の毛は皆黒色、微妙に髪型が違う。

皆放心したような表情だが、一人中央にいる女だけは状況を把握しようとしてか周囲を見回している。


「さて、皆さま」


口火を切ったのは神官長ではなく、後ろに控えていた人事担当者だった。

人事担当の少佐参謀はすたすたと8人の所へと出向くと

「生徒手帳を出してください」

8人は頭の整理ができず???状態の所にそう言われたのだろう、素直に胸ポケットから生徒手帳を出した。

「はい、手帳は私が預かります。後程、これを基に作った身上書で面接を行いますので、頭の隅に入れておいてくださいね」

そういうと少佐参謀はにこやかに元の位置へと戻った。


「では、次に私から~」

糧食担当の大尉参謀がその場から

「アレルギーなどで食べられない者がある方は挙手してください。いませんね~」

続いて被服担当の大尉参謀が進み出て

「皆さん、今から渡す紙に身長や靴のサイズなどを書き入れてください。靴以外はだいたいのところでかまいませんよ~」


「いいの? だいたいで」

「ええ、どうせ育ち盛り。靴以外はぶかぶか位で丁度いいのですよ」

大尉参謀は親切にそう教えてくれた。

さすがに参謀の皆さんは異世界召喚にはもう慣れていらっしゃる。

召喚された8名は状況がまだ呑み込めていないのだろう。

質問すら発することなく、言われるがままに物事が進行している。


「それでは」

マリーの番だ。

「私はマリー・スピアース王国軍少尉、教会との連絡将校、あなた達の言葉で言えば、レベルオフィサーかな? をやってます。あなた達の基本教育を担当します」

8名の顔を見る。

うん、何言ってるかわからないって顔してるね。

「皆さんのこれからの予定をざっとお伝えします。今日から3日、ここ、教会で装備品の受領、神官からの基本事項の講義を受け、国王陛下に謁見します。その後、基本訓練に移ります。私との次の接触は陛下との謁見後になります。では、訓練場でお会いいたしましょう」

と捲し立てるように言い、勢いよく回れ右して靴を鳴らし、歩き出した。

人事と被服担当はまだここで作業があるようなので、糧食担当と一緒に退出した。



「見たか?」

「え? 何を」

ご機嫌な声で話しかけられたので振り向くと、酒を飲んだように顔を上気させた大尉参謀がいた。

「スカートだよ、スカート」

「スカートがどうかしましたか?」

「女の膝が丸見えだったぞ~なんて役得」

「あのう」

「ん?」

「私も一応女なんですが」

「知ってる」

単に煽情的な服装を見て興奮したというだけの事らしい。

確かに男がしっかりとした服装をしていたのに対して、女は上半身こそ男と同じだったもののスカート丈が異様に短かった。異世界人はそういう服装をするものだと聞いていなければ、娼婦を召喚したのかと勘違いしてしまったことだろう。

「よかったですね」

お前もああいうのを穿いてみろとか言われるのでなければ、目くじらを立てるようなことでもない。


「あ、そうだ」

急に大尉の口調が真剣味を帯びた。

「はい」

「野外給食計画の修正はしなくても良いようだ。帰ったら俺の方から栄養担当に言って発注書を経費担当に回させておこう」

「お願いします」

「申し訳ないが、そちらの野外給食指導に行っている暇がない」

「それはもう、お口添えだけで感謝いたしております」

「納品まで3日か。綱渡りだが」

「何とかしておきます」

「おう」

お互いに手を振ってそれぞれの車に乗り込んだ。

運転兵が後部座席のドアを開けて待っていてくれたので、そちらへ乗り込む。

前に運転兵が開ける前に戦闘車両のように運転兵の隣に乗り込んだら、すごく嫌な顔をされたので、高級将校の多い参謀本部の流儀に従う事にしたのだ。

「ダンジョンへ」

「はっ」

車は静かに滑り出した。










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