第3話    ダンジョン

ダンジョン手前の草原広場に車を乗り入れると、そこには既に3台の小型車両が停止していた。


アンテナに小旗を付けた指揮官車両に近付くと、ボンネットに地図を乗せて眺めていた男が振り向いた。


「失礼します」


声を掛けると、その男は小首を傾げた。

業務に余裕がないのか無精髭が目立ち、階級章は大尉、服は雨に打たれてそのままなのだろう、よれよれで基地内であったら「伝令は何をやってる!」と怒声が飛ぶところだ。


「連絡将校のマリー・スピアース少尉です」

「ああ、貴官が…」

言われて思い出したという感じだ。

「私は工兵中隊長のミシェル・ブランジェ大尉だ。今朝から測量をさせている」

「速いですね」

「案はもらっていたからな。正文書が届くまで手をこまねいているほど暇ではないのだよ」

「築城中の大隊に無理を言って引き抜かせていただきました」

「それは問題ない。皆面白がってやる気になっているからな。あ、そうだ」

「はい」

「宿営地の周囲は蛇じゃばらで良かったよな?」

「はい、蛇腹鉄条網なら開け閉めも交換も容易ですので」

「わかった、何か要望はあるか?」

「野外便所と厨房、それと糧食倉庫の設置を優先でお願いします」

「承知した」

ブランジェ大尉とはそこで別れ、ダンジョンの入口へと歩を進めた。



ダンジョンに来るのは初めてであったが、情報部でもらった略図通りの場所にあったので容易に探し当てることが出来た。

森の中を下草や茨、枝の跳ね返りなどを気にせずに真っ直ぐ進めば宿営地から30分とかからない。

しかし、森を出るとすぐに3mほどの川があり、それを越える必要があるのだが、なぜか森側に道路がないのに川には単純けた橋が架っている。

これはダンジョン側から森へと何かを運び込むための橋だとしか思えない。

略図に橋がなかったという事は、最近出来た物かもしれない。あとで報告するために記号を書き入れる。



「これ、隧道すいどう?」

ダンジョンと言うと、岩山などに穿った穴のようなイメージがあったが、その入り口は石がアーチに組まれ、川から続く道は凸状の、雨が側溝に流れる構造で、表層はどう見てもアスファルトである。これはダンジョンというよりも山の反対側へつながる隧道(トンネル)と言った方が説得力がある。


 ダンジョンに足を踏み入れると、急に視界が暗転した。

外の光が届いていないのである。

仕方なく止まって暗闇に目が慣れるのを待った。


「誰かいますか~?」


静まり返った闇の中にじっとしているのも落ち着かないので声を出してみる。

「はぁい」

いきなり右耳のすぐ横で声がした。


驚いて顔を向けると、確かにそこにはうっすらと白い人影がある。

足音も気配も全く感じなかったという事は、転移魔法か何かで現れたのだろう。


「ここのあるじにお会いしたい」

「ちょっと待ってねぇ、あ、あなたお名前は?」

「王国軍スピアース少尉です」

「はいはーい」

王国軍とわざわざ付けたのは、軍の代表として話がしたいという意味である。

その人影は暫くして

「オッケーだそうよ」

と軽く言った。


「魔法転移は経験ある?」

「いいえ」

「じゃあ、ふらついても良いように手を握って」

白い人影から手だけがにゅっと目の前に現れた。

指の長い、女性の手だ。

「失礼します」

両手を握ると、ぐらりと足場が揺らいだ感じがした。

眩しさに目を細める。

金髪の、整った顔の女が目の前にいた。

女はにこやかに

「魔王城へようこそ」

と言った。


「魔王城!」

まあ、確かに主に会いたいとは言ったけどさ、そんな大物が会ってくれるとは想定していなかった。

「私の案内はここまでよ、あとは真っすぐだから」

手を握ったままなのを思い出してあわてて離すと女はふふっと笑い、半身になって自分の背後を指差した。

さっさと行けという事だろう。



ダンジョンマスターに挨拶するつもりが魔王へ!

どうしてこうなったと思いつつも魔王城の正門の衛兵の前に立つ。

衛兵はこちらが将校の服装なのに気付いたのか、気を付けの姿勢のまま立てた銃の銃口に左手の指先を伸ばして触れている。

これは明らかに銃礼である。答礼をすると左手かスッと下ろされる。

魔人は美形揃いと聞いてはいたが、こうして目の前にすると納得である。


「どうぞお通り下さい」

遠慮なく門を通過すると、衛兵司令が声を掛けてきた。

「このネックレスを常時身に着けていてください。これを着けていないと城内各所のセンサーに引っ掛かりますので。御帰りの際には衛兵に返納願います」

「あ、ご親切にどうも」

親切な衛兵司令は本城の玄関前まで準備していた車両で送ってくれた。

ずっと歩いて行くのだと思っていたので有り難い。


「スピアース少尉殿ですね」

「はい」

玄関で待っていた少々お年を召したロマンスグレーの魔人に笑顔で応答する。

本人確認は基本である。

「私は秘書官のバルサと申す者です。エレベーターにお乗りになったことは?」

「参謀本部で何度か」

「それではこちらへどうぞ」

エレベーターは魔人の兵が扉を押さえて待っていてくれた。

「お客様の中には狭い空間に入るのを嫌がる方もいらっしゃいますので」

そう言いつつバルサは5という数字を押した。

「まあ、密室になりますしね」

「少尉殿はお気になさいますか?」

「いえ、全く」

「豪気なことで」

エレベーターが停止してドアが開くと、その階に控えていたドア係の魔人がドアを押さえ、案内係の魔人が

「応接室までご案内いたします」

と半歩先を歩きだした。

足許にはふわふわの絨毯が敷き詰められている。掃除が大変そうだ。










  

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