第4話  魔王城

目の前のソファーに座る美貌のガキ、もとい坊ちゃんが当代の魔王である。

爽やかな笑顔には何度も訓練した笑顔で返す。

そう、将校にとって第一印象は大切なので服装はもちろんのこと特に笑顔で好印象を与えられるよう毎朝鏡の前で練習をしているのだ。


「初めまして、魔王陛下」


本来なら立った状態で挨拶すべき場面だが、入室するなりまずは座れと言われた、初手を取られた状態である。

「あ、うん、初めましてだね。停戦協定を結んで50年、もう代替わりしていてもおかしくないものね」

魔王はその美少年のイメージ通りのすずやかな声でそう返してくる。


そう、50年前、先代の魔王は当時召喚された勇者と相打ちになり、その場で交わされた戦場清掃、つまりは死傷者収容のための停戦がそのまま王家の承認するところとなり、次期魔王であるこの坊ちゃんと協定が結ばれたわけである。


「それで君の事は何と呼べばいいのかな」

「マリーと呼んでいただければ光栄です」

「それ、ファーストネーム?」

「はい」

「それじゃ僕の事もマーロウでいいよ」

おっといきなり友達認定されたようだ。

「はい、マーロウ陛下」

「マーロウ」

「…マーロウ」

「うん、それで今日は遊びに来てくれたってわけじゃないよね、マリー」

「はい。情報提供とお願いがあって参りました」

「あ、まずは冷めないうちにお茶を飲んで。お菓子もどうぞ」

マーロウが両手を広げると何もなかったテーブルの上にお茶とお菓子、そして花瓶に活けられた生花が現れた。


「美味しそう!」

クリームと苺がたっぷりのお菓子、その名もショートケーキ。

異世界人がもたらしてくれたお菓子の中でも人間・魔人問わず人気なのが

このケーキシリーズだ。

50年という歳月は異世界の知識や文物をこの大陸に定着させるのに役に立った。そんな思いを手にしたティーカップの中身に注いでいると

「マリーは」

とマーロウがまっすぐな視線を向けてきた。

「はい?」

「貴族?」

「いえ、爵位はありません。どうしてですか? マーロウ」

「ああ、そのお茶の飲み方がとても上品だと思ってね」

「ありがとうございます」

この人はお世辞を口に出しているのではない、と直感で分かった。

「実は将校になる前に、将校として恥ずかしくないよう、休日にマナーを習っていたんです」

「ほう」

マーロウは感心したという表情で

「勉強が好きなのか?」

「いいえ、物覚え、特に暗記力が悪くて、消灯後もトイレの灯りで勉強していました。そのせいで居眠りばかりして、眠り姫などといわれました」

「努力家なのだな」

「ありがとうございます」

眠り姫の部分は人間との会話では笑いをとるポイントなのだが、さすがは魔王、自虐ネタで笑うようなことはしないようだ。

「さて、喉も潤ったことだし本題に入ろうか」

「はい、まずは情報提供からですが、本日教会は勇者候補を召喚しやがりました」

「その言い方だと、王国は僕と戦争したいわけではないようだね」

「その気があるなら、私なんかが来るわけないじゃないですか。王国は今吹っ掛けられた戦争への対応で手いっぱいです」

「わかった、それでお願いとは?」

「実は私がその勇者の教育係を任されています」

「ふむ」

「それで、教育訓練のため王都近くにあるダンジョンをお借りしたいのです」

「教育訓練?」

「マーロウもご存知の通り、勇者候補が勇者になるには試練を受けて聖剣に認められなければなりません。けれど、教会の奴らは放っておくとそのまま試練の場に連れ出してしまうでしょう。だから、無駄死にしないよう国として教育を行うように仕組んだのです。現状、魔王軍最弱の兵にすら及ばないですから」

「それなら、別に僕に断りを入れなくてもよくない?」

「はい、最初はダンジョンマスターと話すだけで良いかと考えました」

「うん」

「でもそれだと、マーロウから見て人間が停戦を破ったように見えるし、ダンジョンとなぁなぁにできても、それはそれで貴方の部下が断りもなく人間と通じているように見えてしまう。違いますか?」

「違わないね」

「だから私はマーロウ、あなたと協定を結びたいのです」

「協定って何の?」

「ダンジョンの使用協定です」

「うん、まあそれはわかったけど、勇者候補を君はどうしたいの? マリー」

「まずは我が国へ戦争を吹っ掛けて来ている国への反攻の旗頭にします。権威が落ちている教会とはいえ、民草の信仰心が衰えているわけではありません。勇者が戦場に現れるというのは特別な意味を持ち得ます」

「うん」

「あとは勇者の寿命まで、貴国内で発生する魔物の間引きをさせていただければ、王国では魔物の素材はけっこうな現金収入になるので、お互いの利益になるかと」

「ほう、国内でか」

「はい」

「ということは、ダンジョンの意味が分かってるんだ」

「はい、あれは言われているような魔物の巣などではなく、魔王正規軍の拠点でありましょう」

「わかった。それが分かってるなら駆け引きはしないよ。アリス」

「はい」

マーロウの背後に少女が現れた。

このレスポンスの速さからして、呼ばれて現れたのではなく、初めからこの場にいたのであろう。ただ見えなかっただけだ。


「王都近くのダンジョン、あそこのマスターはアリスの知り合いだったよな」

「御意」

「ちょっとマリーを送るついでに旧交を温めておいで」

「旧交というほどの交流はございませんが」

綺麗な顔で表情を少しも崩さずにそう答えるアリスはちらっとマリーを見た。

「わかりました。マリー様を送り届けてまいります」



「わぁ」


転移で飛んだダンジョンマスターの部屋は、想像していたのとは全く違う、先程の部屋よりも贅沢を凝らしているのではないかと思えるほど豪華な部屋だった。

何せ天井照明がシャンデリアである。


「わ、わ、わ、わ」

目の前でキョドっている少女がダンジョンマスターなのであろう。

人間の見た目で言うなら12・3歳程度で、左右に髪を結んでいるので尚更幼く見える。

「お前はアリス!」

「騒々しいですよ、エリス」

「査察か?査察なのか?」

「ふん、お前が経費をちょろまかしていようが人事に偏りがあろうが私の知ったことではないです。でもね、もしここで50年前と同じような失敗をしたら、今度こそ消し炭に変えてやるです」

「しないって! なぁ、見て行ってくれよ。この50年でハイテクダンジョンにしたんだから」

「その辺の話はマリー様とじっくりするといいです。それではこれで」

「なぁ、茶くらい」

「私と一緒に茶をするなど100年早いです」

そう言うとアリスはマリーを残してき消えた。














  

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