ダンジョン村の村長さん

田子猫

第1話  王宮

「ん? 今日は眠り姫が参加か?」


白いテーブルクロスの上に読みかけの資料を放り出した作戦部長が眼鏡を外し、

じっとこちらを見る。 


「眠り姫はひどいなぁ、あはは」


へらへらと笑いながら末端に準備された席につくと、着座されていた将官の皆様に軽く頭を下げる。


「いやいや、聞いておるぞ、候補生学校の校長は同期でなぁ」

どうやら、へらへらに誤魔化されてはくれないようだ。


「学科はいつも居眠りしておるくせに試験は圧巻、実技では常に先陣を切りたがる変な女がおるとな」

「どうも昔から勉強が苦手でして…」

「よく言うわ」

「それよりも作戦部長」

「なにかな?」

「行きつけのお店の飾り棚に置いてある高級酒、30年もの!、部長のお酒ですよね」

「お? 貴官もあそこを利用するのか?」

「はい、あのお酒、一度飲んでみたかったんです。部長が作戦部からお帰りになるのはいつも21時頃ですよね」

「あーわかった。奢ってやるから待っとれ」

「わーい」


作戦部長に高級酒を奢ってもらえることになってほくほく顔でいると


「御前会議の席上で将官に酒をたかる新任将校など初めてみたわ」

と丸顔の兵站へいたん部長が呆れた顔で呟く。


「ん? 高級酒?」

神経質そうな細顔の情報部長が横目でちらりと作戦部長を見る。


「あーわかったわかった。皆にも奢るから、22時に例の店に集合な」

「例の店とは?」

ぎょっとして皆が声の方を振り返ると

「気を付け!」

国王陛下が入場されたので参謀総長の号令で皆が一斉に起立する。


「敬礼!」

「直れ、着席」

「で、例の店とは?」

王が意地悪ではなく、純粋な興味だといった表情で作戦部長を見る。


「は、小官が利用している飲食店であります」

「飲食店?」

「まあ、酒の提供を目的とする店でありまして。そこにおります新任将校の歓迎会と言いますか…」

話を振られて立ち上がると、王は表情を緩め

「そうか、ならば余からも酒を贈るとしよう。後で侍従から受け取るが良い」

「あ、ありがとうございます!」

一礼して着席すると、周囲が軽く笑いに包まれた。


まあ、ここに並ぶ大将・中将クラスの将官みなさまが自分の部員でもない一少尉の歓迎会を催すなどあり得ないからね。

笑い声は背後から聞こえる。

本来軍事に関する御前会議の席に着くことが許されているのは将官のみであるが、

衝立ついたての後方にはそれぞれ大佐級の子参謀が控えており、王のご下問で部長が返答に困るような事態に陥った場合、速やかに出られるように待機しているのである。

当然各種資料を持った孫参謀もいるため、視界に入らないだけで、会議室には結構な人数が詰めていたりする。


「で、眠り姫だったかな」

「ひゃ、ひゃいっ!」

いきなり王にそう呼ばれて慌てて立ち上がると、周囲からまた笑い声が聞こえた。


「学校時代の作案、余も見たが、確かに面白い」

「は、はぁ」

「総務部長から聞いたが、今回の計画を立案したのも貴官だそうだな」

いきなり王の眼光が鋭くなったように感じた。


「はい」

「ずいぶんと前に投げ込み(指導や決裁を仰ぐ文書をあらかじめ手許に送付しておくこと)があったが、あの程度なら理解するのに3日もかからんぞ」

「はい」


王は各部長の顔をゆっくりと見回す。

各部長は自信をもって問題ないと言う風に頷く。

まあ、合議のサインをしているのだから当然だ。

「よかろう。今回の件については教会の馬鹿どものせいで無理をかける。作戦遂行にあたっては眠り姫が困らぬよう、各部協力して事にあたれ」

「はっ」




「ここって、個室よね」

パーテーションで急遽区切りました的な個室ではなく、個室として最初から設計して建てられたのだろう。高級な調度品はもちろんのこと、壁の厚さから見ても防音、つまり防諜対策までしっかりされていそうだ。


「なんだ、はじめてか?」

椅子に座った作戦部長が意外そうにこちらを見る。

「個室貸し切れるほど金持ちではないです」

それを聞いて人事部長がふっと笑う。


「作戦が成功すれば貴官は同期のうちで誰よりも早く大尉まで駆け上がるだろう。上級将校過程で結果を出せば最年少の少佐も夢ではない。そうなればいつまでも兵たちと同じ場所で飲むわけにはいかなくなる。今のうちに慣れておくことだ」

この人が言うと、重みが違うんだよなぁ…


「人事部長、お聞きしても?」

「何だね?」

「どうして私、教会への連絡将校に選ばれたのでしょう」

「何だ。そんなことか」


身構えて損をしたと言わんばかりの態度で人事部長は鼻を鳴らした。


「貴官は自分をどう評価しているのかね?」

「え…っと、可愛い女の子?」

ぶはっと周囲が噴き出す。

失礼な…


「そういうところだよ」

「それじゃわかりませんよぉ」

「そうか」

人事部長は目を細め

「まず、教会の機密ともいえる勇者召喚を察知し、教会に気取られることなく勇者の運用計画を立案、参謀本部各部への根回しを行い、我々を御前会議に引っ張り出しおった」

「はぁ」

「ただの可愛い新任将校がやることか?」

「あ、もしかして、勝手に編制いじっちゃったから、怒ってます?」

「そういう話ではないわ、たわけ」

「まあ、本来なら我々作戦サイドで立案すべき案件であったからな」

「いやいや、それを言うなら総務部が」

「各部にわたる案件であるから、本来は参謀総長たる我が音頭とる案件であろうよ」

各部長がグラスの酒でのどを潤しながら茶々を入れてくる。


グラスが空になると、さり気なく作戦部長の護衛兼秘書の曹長が継ぎ足して回っている。


「まあ、なんだ」

作戦部長が頭を掻きながら

「平時であれば横紙破りだなんだのと頭の固い馬鹿が湧いて出るのだろうが、今は作戦課は当面戦場と将来戦場で手一杯、訓練課は新兵と予備役兵の戦力化で手一杯なのだ。教会の連中の尻拭いなんぞしている暇はなくってだな」

「あ、それで皆さん愛想が良かったのですね」

「純粋に少尉が作った計画だというのに驚いたという事もあろうがな」

「驚かれるほどの事では」

「あるのだ。学校で教えている戦術の範囲を超えておる。どこで身につけた?」

「あ、いえ、身につけたというより、将来軍と教会の力関係を変えるためにどう布石を打つのが効果的か考えただけの事なんです」

「やはりな」

人事部長がにやりとして

「やはり貴官は将官の秘書や部隊配置には向いておらん」

「えー」

「本来編制の変更は国防予算が絡むことから簡単には出来んのだが、短期間でやりおって。普通は編成でやりくりするものだと言われなかったか?」

「うーん、逆に面白がられたような?」

「まあ、担当が今頃は発簡番号を聞いて人事発令を出せるよう準備しておるだろう。明日の朝取りに来い」

「はい」

どうやら機嫌がよさそうで何より。


「兵站にも忘れず回って来いよ」

「あ、はい」

「各担当も同行させるからな。専用の官用車を準備させたので勝手に帰るなよ」











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