第26話 緊急電

「そうそう、杭の方から罠線は張るの。高さは足首ね」


ゼンが罠を作る様子を眺めながらミラ軍曹は不可解だ、と思った。


ゼンは飲み込みが早い。教えたことを素直に吸収する。

鍛えられることを嫌がる様子もないので、体力をつけて必要な教科を詰め込めば下士官どころか士官候補生になることも出来るだろう。

外見も特に変なところはない。

裸になって見せたりもしたが、特に視線が不躾というわけでもない。

では何故、他の勇者候補生たちから嫌われているのか?

最初は貴族と平民のような身分差かと思ったが、ゼンに聞いたところの世界ではそういう身分自体ないらしい。


「やってるわね」


振り返るとマリーが給食小隊の隊員を引き連れて10歩離れた場所までやって来ていた。

どうやら考え込んでいて警戒がお留守になっていたようだ。

ミラ軍曹が敬礼をするとマリーが機嫌良さそうに答礼する。


「優秀ですよ、ゼンは」

何をやっているのかは一目瞭然なのでそれだけを報告する。

「そう」

マリーは目を細めた。

ミラ軍曹はマリーに近付いて他の隊員に聞こえぬように耳打ちした。

「一体何が原因で嫌われてるんです?」

マリーは少し困惑した表情で

「一応聞き取りはしたんだけど、だとかという理解のできない概念と、身長、顔の造作というゼン自身にはどうにもできない要因と、体形や運動が出来ないからという訓練でどうにでもなる要因が複合しているんじゃないかな」

「そうですか」

「ミラちゃん的にはどう?」

「はい?」

「告られたら恋人として付き合える?」

「私以上に強くなれたなら」

マリーは肩をすくめた。


その時、マリーの背嚢はいのうから電信音が鳴り響いた。

ヘッドセットが嫌でスピーカーにつないでいたのだろう。

伝令にでも持たせればいいのに、とミラ軍曹は思いながらも胸のポケットからメモ帳を取り出した。

「ミラちゃんも一緒に聞いて」

「はい」

マリーは通信機に電鍵を繋ぐと準備よしを意味する信号を送った。

途端、事務室の奥にある通信室から1分間に100文字ほどの速さで電文が送られてくる。


緊急電・発参謀本部・宛勇者支援隊・本文:勇者支援隊は訓練を一時中止、隊長は直ちに王宮へ出頭せよ


この場合、肝になるのは「直ちに」の部分だ。

速やかにとか遅滞なくという表現なら正装または礼装に着替えてから駆け付ければいいが、直ちにとあれば文字通りその場から直行しなくてはならない。

マリーは了解の後に、送迎車両を迎えに来させるように打電した。

送迎車両というのは黒塗りの車の事である。

さすがに王宮へ行くのに泥付きの車ではまずいのだろう。

「ミラちゃん、撤収は任せる」

「はい、お任せを」

マリーはミラ軍曹とゼン、そして給食小隊の隊員を残して走り去った。

「まあ、とりあえず食事にしましょ。ゼン飯盒出して食事をもらって。私はその間に撤収指示を打電しておくから」




「なに、この検問」

最初は王都に向かう途中での憲兵の検問。高級車は素通りだったので脱走兵でも出たか?程度でそれほど気にせず通過したのだが、王都に入ると近衛連隊がやたらあちこちに検問を出している。

「何かあったの?」

後部座席に首を突っ込んできた兵に尋ねると

「なんだ、少尉か」

と失望したかのような顔で

「ただの検問だ」

としっしと先に進むよう手を振られた。犬か私は!

「なんだ黒塗りの回送かよ、紛らわしいな」

という声も聞こえる。 ん? ん?



「マリー少尉、到着しました」


案内に従って会議室に入ると、そこには王をはじめとする御前会議(軍事)スタッフが勢揃いしていた。

「眠り姫、早く席につけ」

「はい」

速足で席に向かいながら見回すといつもの衝立がないのでやたら広く感じられる。

そうか、今日は将官の補佐役がいないんだ。


「本題に入る前に」  

と参謀総長が前置きして

「マリー少尉」

「ひゃい」

「貴官が結婚したという話を小官は聞いておらぬのだが」

「申し訳ありません、参謀総長閣下が小官の父親とは存じ上げず」

「は?」

「結婚のお許しに伺わなかったことを仰っているのではないのですか?」

ぶはっと周囲の部長が吹いた。

「マリー少尉」

人事部長が話を引き取った。

「参謀総長が仰ったのは、結婚したのが問題なのではなく、誰としたのかが問題なのだということだ」

マリーは首を傾げ

「外相でしょ? それが何か?」

「外相は身分的に参謀総長と同格、ならば外相夫人である貴官は我々と同格ではないか」

「え゛!?」

「まあいい、総長、本題を」

いいのか…

「では本題に移る」

参謀総長はやれやれという表情で続けた。

「先日反乱を起こした第152連隊は鎮圧完了、連動する部隊はないようですが厳戒体制は維持しています」

「うむ」

王は苦々しい表情で頷いた。

「連隊の将校は処刑、下士官は投獄、兵は最前線へ補充兵として送りました」

「うむ」

「第152連隊は解散し大逆による禁番連隊といたしました。人事部長」

「はい、連隊は解散させましたが、連隊についていた編制上の階級は消すと国家予算に影響があるため、人員及び階級を勇者支援隊に付け替えました」

「え゛!?」

人事部長はマリーをじろりと睨み、こほんと咳払いをして先を続けた。

「工兵小隊と通信小隊だけは実員を充足し、ダンジョン村へ向かわせております」

「そうか」

「で、マリー少尉の取り扱いですが」

「うむ」

「勇者支援隊隊長の階級となった大佐に任じていただきとう存じます」

「任ずる」

王のこの一言でマリーは大佐になった。

「えっ? えっ?」

佐官以上の任免は国王が直接行うので手続きとしては間違いはない。

間違いではないんだけれども……

また、大佐は連隊長以上のクラスであり、第一線から引き抜けるはずもない。

分かってはいるが、話が急すぎる。

「マリー大佐は速やかに高級将校課程に入校せよ」

「上級将校課程も参謀課程も終わっていないのですけれど」

「しれっと我々に部隊の新編を通す貴官に上級課程や参謀課程は必要ない」

「左様で…」

「知っての通り高級将校課程は将官になる為に経験を積んだ大佐が集まる課程だ。成績は問わんから半年揉まれて来い」

「半年ですか」

「作戦部長、問題なかろう」

「ああ、眠り姫の隊務運営計画上、総合訓練には間に合う筈だな」

「はい」

「近衛から引き抜いた部下が隊長なしで訓練できぬとは言わせん」

「はい、それはまあ、信頼できます」

人事部長がため息交じりに

「特例で課程入校中に准将に昇任、卒業パーティー直前に少将に昇任させる。そうすれば貴族との社交上問題はなくなるはずだ」

「貴族とは問題なくても、軍内での軋轢が…」

「そんなものは自分で何とかしたまえ。被服は、兵站部長」

「はい、大佐の被服を一式揃えるよう命じてありますので、帰宅前に兵站部へ寄っていただきたい」

「わかりました」

「それから将官用の車両に乗り換えてもらう」

「じゃあ、運転兵は」

「参謀本部付隊から差し出す。伝令については…人事部長」

「もう兵站部に控えている筈だ」

「では、帰隊する勇者支援隊の運転兵に先任曹長以下で明日以降の訓練を続行するよう伝令させ、小官は明日将校学校に向かいます」


はぁ、いろいろと面倒だ。


マリーは胃のあたりが重くなるのを感じた。


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