第25話 診療ナース
パキッ
後ろを歩いていた診療ナースのルネ少尉が枝を踏んだ。
森の中でも割と平坦な場所だ。
「速すぎた?」
マリーは参謀本部の軍医室から派遣されたルネ少尉を見た。
山で歩く訓練していない彼女をとやかく言うつもりはない。
ただ、足元を見る余裕もなくしているのではないかと心配しての事である。
「い、いえ」
といいつつ、額には大粒の汗。
後ろに続く給食小隊の隊員は配食缶を背負っているのに息を切らしてもいない。
「ごめんね、こんな所まで引っ張って来ちゃって」
「いえ、候補生の現況を確認したいと申し出たのは私ですから」
ダンジョン村は分屯基地にあたるので、軍医が本来巡回しなければならない。
しかし我が国民の
つまり患者に対し医師数が不足している。
苦肉の策で考えられたのが看護資格を持っていて育児等で現場を離れていた女性を徴兵し軍医学校で短期育成した診療ナースだ。
反対意見は多かったが国が滅びては育児どころではないので致し方ない。
貴族の別邸等をそういう女性のための託児施設にすることで当該貴族を国へ貢献したと看
「止まったついでだから、靴脱いで」
「はい」
ルネ少尉は素直に長靴を脱いだ。
マリーはマメや靴擦れがないことを確認した。
「大丈夫そうね」
「歩くのは慣れています。ただ、山を歩いたことがないだけで」
「あと1時間程度で最初の拠点に着くけど、頑張れる?」
「頑張ります」
滝の音がはっきりと聞き取れる場所まで来た。
ルネ少尉のために途中から小
この径は整備していないため
ただ、森からははっきりと視認できるため、わざと発見されようとしているときには便利だ。
「誰か?」
マリーは右前方の草むらに人の気配を感じて
「マティアスです」
草むらから進み出た男は山岳帽を斜めにかぶっている。
マティアス軍曹は山岳連隊所属だったが山地機動中の滑落により骨折、山岳連隊は作戦行動中のため、リハビリが終了するまでの定員外異動という事で人事部からの打診に二つ返事で引き受けたのだ。
そのため隊付として回復したら原隊復帰できるよう自主トレーニングをさせている。今回仮戦友に進み出たのはリハビリにちょうどいい訓練強度と判断したからだろう。
「マティアス軍曹、拠点の様子は?」
「3名が拠点から離れ、残留は1名です」
「3名の目的は?」
「
「残留の1名の行動は?」
「食事の準備を命じられたようですが、河原で座り込んで動きません」
「そう」
チヒロは確かに河原に座り込んでいた。
川面を眺めているように見えたが、手が掛かるほどに接近しても気が付かない。
「あーあ」
チヒロが呟いた。
マリーはやっと気付いたか、と思ったが呟きは続いた。
「なんであんな奴、好きになったんだろう」
「どこを好きになったの?」
相槌を打つようにマリーが問うた。
チヒロは思索の海の中で漂っているかのようにマリーに関心は示さなかった。
ただ、無視しているわけではないようで、暫くしてから回答を口にした。
「背が高いしイケメンだし、それも野球部の4番でしょ、きっとプロからスカウトされるわ。そうしたら年俸何億でしょ、贅沢できるし友達にだって自慢できるじゃない。私は勝ち組の筈なのよ」
うん、外見以外は何言っているかわからないね。
「つまり?」
「この世界に飛ばされてから、めちゃくちゃよ」
「なにがめちゃくちゃ?」
「お金も地位も、何もしなくても手に入る筈だったのよ」
「勇者になればお金も地位も手に入るけど」
「そーじゃなくって」
「?」
「ここじゃスマホで写真撮ってインスタにアップできないし、それ以前に電波届かないし」
「おーい、いい加減こっちに帰って来なよ」
「え?」
「わけわからないこと言ってる暇あったら、4人分の飯盒準備して」
チヒロは振り返り大きく目を見開いた。
マリーがそこにいるのを初めて認知したらしい。
飛び上がるようにして立つと、散乱した荷物の方へと早足で歩いて行った。
「隊長、もう交付してもよろしいですか?」
「うん、ここは4人だからパンは4斤ね」
「わかりました」
給食小隊の隊員はチヒロの所で配食缶を背から降ろし、パンとスープの配食準備を始める。
「あの子」
ルネ少尉が心配そうに呟いた。
「精神的に不安定だと思いますが」
「そう?」
マリーには特にそうは見えなかったが、医療のプロが言うので間違いはないのだろうと思い直した。
「マティアス軍曹」
「はっ」
「ルネ少尉の見立てではチヒロのメンタルがやばいという事なので、これからは常にチヒロの側にいて、不穏な動きがあれば止めて電信で報告しなさい」
「わかりました」
マティアス軍曹は敬礼をするとチヒロの側へゆっくりと歩いて行った。
「ルネ少尉はどうする?」
「私はあの子が気になるので、今日はここに居ます。医療
「わかった。他の拠点で何かあったら伝令を飛ばす」
「はい」
「チヒロをお願い。もし搬送が必要になったら、ここに居る下士官は皆、応急担架を作れるので車が入れるところまで搬送させて」
そうならない事をとマリーは目を泳がせた。
ルネ少尉はそっと目を伏せた。同意という意味だ。
「他の拠点に行ったらこれを渡していただけますか」
ルネ少尉はマリーに医療嚢から出した個包装された錠剤の束を渡した。
「塩の錠剤です。川の水をがぶ飲みしているでしょうから」
「わかった。あなたも無理はしないでね」
「はい」
マリーは配食を終えた給食小隊の隊員をまとめ、次の拠点を目指した。
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