第27話 秘密
将校学校入校前夜、マリーは夕食の席でミラーボ伯爵、いや、もう夫なのだからサミュエルと呼ぶべきだろう、サミュエルから自室へ来るよう言われた。
「まあ、受け入れるのは当然なんだけど」
第一夫人とローズが何とも微妙な表情をしていた。
彼女らの目の前で言わなくても、側仕えを部屋に寄越してくれればいいのに…
「マリーが来たとお伝えくださいませ」
サミュエルの部屋の前に佇む護衛に声を掛けると、マリーの服装にギョッとしながらも
「かしこまりました」
と取り次いでくれた。
「どうぞお入りください」
「その姿でここまで歩いてきたのかね」
サミュエルは頭を抱えた。
「マリー、
「私、何か間違えましたか?」
「いくら上に羽織っているからと言って、夜着で部屋の外に出るのは淑女としていかがなものか、まあいい、おかげで側仕えを追い出す手間が省けた」
部屋にいた側仕え達はマリーを見てそそくさと退室している。
マリーはサミュエルのすぐ左側に腰掛けた。
昔は左側に剣を
マリーはもちろん今は拳銃を携帯していない、しかし右側を相手に預けるという事はどうぞ私をご自由にという意味になるのだ。が、出来たら妊娠しないようにうまく調整してくれるといいなとマリーは思っている。
「飲むかね」
サミュエルが常飲するような高級酒を断るなどという選択肢はない。
「美味しい、あ、サミュエル」
「何かね」
「私、伯爵夫人で間違いないですよね、愛人でなく」
夫人が通称なのか公称なのかの確認は大事だ。
「間違いない、というか側仕えに参謀本部まで書類を届けさせたはずだが」
第2夫人は確定事項だった。
ああ、それで参謀本部の人事部が焦ったのか。
将校名簿を訂正する際に少尉では外聞が悪いと気付いたのだろう。
「なるほど」
知りたいことは聞けた、と身体を密着させるとサミュエルは苦笑いした。
「何か勘違いしているだろう、其方を呼んだのは秘密の話をするためだ」
「秘密ですか」
マリーは首を傾げる。
「いきなり少尉から大佐になって面食らったであろう」
「はい、でもそれ以上に連隊規模で反乱が起きた事の方に驚きました」
「それな、今からその背景を教えてやろう」
「背景、ですか」
「うむ、第152連隊は急造の連隊で、各部隊の留守部隊にいた下士官を寄せ集めたのだ」
留守部隊とは戦地に出動した部隊の補充兵の訓練をして送り出したり、家族から手紙や慰問品を集めて送ったり、地元に部隊の戦場での活躍を広報したりする残留部隊のことを言う。
「寄せ集め、ですか」
寄せ集め、という響きにはネガティブなものが含まれる。
つまり、留守部隊から戦場に連れて行けずに取り残された素行の悪い下士官を放出させたということだろう。
「察しの通り、とても前線で使い物になるとは思えなかったため教育連隊という位置付けだったのだ」
教育連隊というのは将校学校の教育支援をしたり師団規模の演習での対抗部隊になる連隊を言う。
「なるほど」
「しかし、想定より質が低すぎた」
「初級将校の手に負えないほどに、という事ですね」
「そうだ、そこで連隊長は新兵教育を妨げないよう神官を招き、精神教育という名目で各中隊を巡回させた」
「え、神官をですか」
「神殿の連絡将校をやっていたのだからわかるだろう」
「はい、とても。教育に向いた人材がいるとは思えません」
「激しく同意だ。しかも教会は我が国だけの組織ではない」
「諜報員が入り込んでいるという事ですか」
「ああ、教科書通りの謀略を見せてくれたよ。不満分子を焚きつけて各中隊を反国王派に染めた」
「それで反乱がおき、鎮圧したと」
「表向きはな」
「え?」
「こちらも諜報員を新兵に混ぜて内偵していたのだ。反乱の
督戦隊は兵の後方に位置して突撃を渋ったり命令に反した兵を射殺する任務を有する兵にとって恐怖の部隊だ。
「なるほど」
「で、連隊を取り潰して各階級を其方の部隊につけたというわけだ」
「まるで私を大佐にするために仕組まれたみたいな」
「その通り、其方が作戦部長の派閥だという事は広く知られていることだからな」
え、私、作戦部長の派閥だったんだ。初めて聞いたよ。
「それじゃ、何かまだ仕掛けがありそうですね」
「近く少将まで昇進させると聞かなかったか?」
「確かに伺いました」
「高級将校内に巣食った教会の虫を退治することが其方に払える対価だ」
「それ、サミュエルからわざわざ伝えて下さる必要ありました?」
作戦部長の派閥だというのなら、作戦部長が執務室で直接伝えてくれればいいだろうに。
「参謀本部にも耳があるという事だよ」
「思ったより深刻、ということですね」
「貴族の中にも反国王派は多いからな」
「戦時中なのだから、国王陛下を中心にまとまらなければ駄目でしょう」
「本来貴族はそうあるべきなのだが、自分達が戦場へ出ることがなくなったので勢力争いに精を出しているというわけだ」
昔は貴族の子弟は騎士として戦場で活躍するのが
しかし、銃器の発達した今は専ら文官などの仕事に就き、軍人を貴族もどきと見下している。
「サミュエルは外交以外に抱えすぎですね」
「国王をお守りするのは上級貴族の責務だ。間接的にではあるがね」
「あなたのお役に立てればいいのですけれど」
そう言ってマリーはサミュエルにしな
「すまん、マリー、ここの所徹夜続きで其方を抱く元気がない」
「あら、これは甘えているだけなんですけれど」
まあ、誘っているようにしか見えないだろうけど。
しかし、マリーにも体面と言うものがある。
ただでさえ使用人の多いこの屋敷で夫の部屋から夜中に自分の部屋まで帰ったりしたら追い出されたようにしか見えず、朝には噂が飛び交う事だろう。
「寝付くまででいいので、腕枕していただけませんか」
「それでいいのか?」
「はい」
マリーとしても無理に行為に及んで妊娠というのは避けたい。
「あと、サミュエルのコロンを少し頂いても?」
「構わないが、どうするのだね?」
「朝まで一緒に居て、残り香が移らないのは不自然でしょう」
「策士だな」
「恐れ入ります」
2人はグラスを置いてベッドに向かった。
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