第37話  閑話[SIDE ミク] 

「ふわぁぁぁ」


ミクが欠伸をするとグラシアン軍曹がマウスピースから唇を離してふっと表情を緩めた。

「ちゃんと寝てるかい?」

「はい、ただちょっと考えることが多くて」

「来週の検定の事?」

「はい」


グラシアン軍曹が言った検定とは個人ごとの楽器練度を確認するのが目的で、定期的に行われている。

ミクは初めて受けるのであるが、その評価により下士官扱いとなっているミクの階級が正式に決まると人事担当者から通知を受けている。


「ミクちゃんなら心配することはないと思うけどな」

ミクはグラシアン軍曹に正式な呼称でなく「ミクちゃん」と呼んでもらうよう頼んだ。

グラシアン軍曹は「お兄ちゃん」と呼んでもらうという交換条件で了承した。ずっと妹が欲しかったのだそうだ。

パート内で「お兄ちゃん」「ミクちゃん」と呼び合って和気藹々として居れば自然と俺も俺もと広がり、今では音楽隊の下士官は皆「ミクちゃん」と呼んでいる。


「お兄ちゃんは上手だからいいなぁ」

「ミクちゃんだってグングン上手くなっているよ」

「本当?」

「ああ、だから実力を見てもらおうくらいの気持ちで大丈夫」

「そうそう」

トロンボーンのパール軍曹がスライドにたまった水を雑巾に落としながら会話に割り込んだ。

「何ていったって、あのアホを黙らせるミクちゃんなら大丈夫だって」

周囲のうんうんという頷きにミクの頬が赤らんだ。


彼の言うアホというのは指揮者のマルメロ大尉の事で

ミクが音楽隊に慣れて合奏にも余裕が出て来た3日前の事

「いいか、楽譜通りだ。楽譜通りに吹け」

マルメロ大尉が熱弁するのでつい

「あのう、大尉殿」

「なんだ」

「指揮の速度が楽譜に記された速度と合っていませんけれど」

遠慮がちにミクが指摘するとマルメロ大尉は顔を真っ赤にして出て行った。

なんで? メトロノームで確認すれば良いだけじゃね?


そして一昨日

「82小節から、チューバ、走るな」

「あのう、大尉殿」

「なんだ」

「81小節から指揮にaccelerandoだんだん速くがかかってました」

ミクが指摘すると周囲も頷き、マルメロ大尉が顔を真っ赤にして出て行った。

なんで? その手前から確認すればいいだけじゃね?


そして昨日

「いいかこの部分、ティンパニが出過ぎだ。もっと抑えろ」

「あのう大尉殿」

「なんだ」

「具体的に曲想を仰ってください」

「曲想?」

「はい、この曲は春の訪れを寿ぐ曲のはずです。私的には暗くどんよりとした冬の、白と黒の世界に厚く垂れこもる雲から突如として聞こえる春雷の音、これがティンパニだと思うのですが、いかがでしょうか?」

純粋な好奇心からの質問なのだが、マルメロ大尉は

「ぐぬぬ……」

と顔を赤くして出て行ってしまった。

なんで? ティンパニを押さえる理由を言えばいいだけじゃね?


「なんで大尉殿はいつも顔を赤くして逃げるんでしょうか」

「そりゃあ」

パール軍曹がにやりとして

「選民意識の塊のアホが唯一抑えつけられない相手だからねぇ、ミクちゃんは」

「え?」

「つまりね」

グラシアン軍曹が解説してくれる。

「貴族のの大尉が、『黙れ平民』と抑えつけられないからだよ。

何たって階級に関わらず貴族より立場が上だからね勇者候補生は」

「そうなの?」

「うん。気に入らないからって飛ばそうとしても人事は参謀本部が直接握ってるでしょ」

「後ろ盾が国王陛下だしねぇ」

パール軍曹も楽しそうに

「俺達にしてみれば楽しい仲間だけど、アホにしてみれば目の上の何とやらだな」

そう言うとケケケと笑った。

「そんな、怖い人じゃないのに、国王陛下は」

「いやいや、アホがビビるくらいには怖い人だから」

「怖い人がバックにいるミクちゃんに何か言われるたびにビビってるのさ」


ガラスハートかよ……


そして今日

合奏室に入室したマルメロ大尉は最初から顔が赤かった。

手もプルプルと震えている。

最初から?


「聞け、来週の火曜だが、午前中各人ごとの検定、午後に合奏検定となる」

ふーんそうなんだ、とミクは記憶にメモをしている。

「場所は、王宮だ」

合奏室内がざわっとした。

そしてマルメロ大尉が爆弾発言を投下する。


「け、検定官は方面軍司令ではなく、国王陛下だ」



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