第36話 従軍神官
従軍神官が中隊長に挨拶のため将校集会所天幕に来たと聞いてマリーも顔を出すことにした。従軍神官といえば大佐待遇の軍属だ。無視をするのは非礼であろう。
「失礼」
天幕に入ると黒い神官服に身を包んだ男性が振り向いた。
ん? どこかで見た、というか
記憶に残る美貌は少年から青年に背の丈を変えようと見間違えようもない。
「マーロウ……」
「やあ、マリー」
ぱっと花が咲いたような笑みを向ける魔王マーロウは誤魔化そうともしないようだ。
「何やってるの、こんなところで」
「神官の真似事」
「それは見ればわかるけど」
魔王が神官の真似事なんて悪趣味にもほどがある。
国の思惑はどうあれ神官が所属する教会は魔王を敵と見なしている。
勇者候補生を召喚するなど、本来は敵対行動と見なされて和平が破棄されても文句は言えないのだが、マリーが教育して勇者を和平に利用した後、魔国に発生する魔物を討伐させるという事でマーロウに理解してもらった経緯がある。
その際、マーロウがとても暇そうにしていたのは覚えているが、まさか人間同士の戦場にふらふら現れているとは思わなかった。
「人間ってさ、魔人なんか思いもよらないくらい欲深いでしょ」
「そう、なんですか?」
そうですねと言えるほどマリーは人間と魔人を比較して考えたことはない。
「うん、だからね」
マーロウは札のようなものをトランクケースから出して両手に持った。
「こっちの札が免罪符、こっちの札が魔よけの札なんだけど」
「はぁ」
「あ、これ実際に教会が販売しているものだよ」
「そうなんですか」
「で、実際にはどちらにも何の効果もないただの札なんだ」
「効果がない……」
「それで僕はアリスに大量に複製させてね、魔よけの効果を付与して販売しているんだ。これは効くよ。人間界に潜入している悪魔や病魔にも分かるように『これを身に着けているのは僕の物だから手を出すな』っていう刻印を刻んでいるんだからね」
「悪魔や病魔って、マーロウの配下なんですか?」
「そうだよ。魔人の中でも精神攻撃に特化して人間を魅了し堕落させる任務を付与したのが悪魔、疫病を発生させて戦力や士気を下げたり暴動を誘発させる任務を付与したのが病魔」
「それらが人間の中に潜んでいると……」
「そう、戦争になったら大規模に攻撃できるように、普段から気付かれない程度に練習している筈だよ。術式の使用に魂が必要だしね」
魂が必要と言われ勇者候補生の召喚の為に神官が犠牲になったことを思い出した。
教会が命を使った儀式を平然としているのに魔人や魔王を責めるのは筋が違う。
今でこそ和平を結んでいるが元来人間と魔人は敵同士なのだ。
「で、邪魔な他の神官を排除しながら売り歩いているんだけど、まあ売れる売れる。戦場じゃ他に金の使い道もないし信心深くなるみたいだからね」
「あなたへの信心じゃないとは思いますけどね」
「そんなことはどうでもいいのさ。札を買って身に着けた奴が死ねば魂は僕の所へ来るからね。吸収せずに魔人にして、魔国のために清く働かせてあげるよ」
「目的は金儲けでなくて魂の勧誘でしたか」
「そう、でもこれは君だから教えることだからね」
「はい秘密にします、というか誰も信じませんよ」
「かもね」
「お待たせしました」
天幕に中隊長が入って来た。
マリーとマーロウは中隊長に正対すると軽く挨拶を交わした。
「え?」
マリーはすぐに中隊長の異様な雰囲気に気が付いた。
視線が定まらない、いや、どこも見ていないのだ。
灰色に濁った瞳はマリーとマーロウの方向に向いてはいる。
しかしそこに何の感情もない。
酔って思考が定まらないのとはまた感じが違う。
背筋にぞっとしたものを感じる。
「マリー、覚えておくといい」
マーロウは楽しげに言った。
「これが悪魔に魂を売った人間だ」
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