第35話 中隊本部
指揮所天幕に中隊長は、いなかった。
聞くと仮眠中だという。
昼夜シフトだろうか?
叩き起こすのも気の毒なので書類を見せてくれといったら快く応じてくれた。
「ねえ、弾薬の出納簿だけど」
「はい」
「最新のものを見せてもらえないかしら」
「それが最新です」
「え?」
マリーが手にしている帳簿は確かに弾薬出納簿と書かれているが……
「いや、だって、これを信じると、去年からずっと弾薬の出し入れがないじゃない」
「はい、その通りです」
「理由を教えてもらえるかしら」
「はい、中隊長が赴任して来られたときに、これから一切の訓練を中止すると仰いました。したがって射撃訓練はしておりません」
「理由を聞いても?」
「中隊長にお伺いください」
「それはそうだよね、うん」
訓練が出来ないほど状況が切迫しているようには見えないけど。
まあ、詳しくは中隊長に聞けばいいかと別の書類を見る。
「この整備記録だけど」
「はい」
「整備した割にずいぶん綺麗じゃない?」
整備記録とは整備をしながらチェックをする整備記録用紙をまとめて簿冊にしたものだ。
当然整備をしながらだから汚れた手の染みや油がついて当然なのだが。
また、チェック以外の記載部分も丁寧な字で崩れていない。
「ああ、それは上級部隊の視察対策です」
つまりお偉いさんに見せる専用か。
どうやら取り繕うつもりもないようだ。
「個人火器の整備はどうしてるの?」
「武器係が一括して保管して整備も多分しています」
「え?」
「小銃はここでは歩哨くらいしか使い道がないので。歩哨も同じ銃を使いまわしているんですよ」
小銃は個人携行火器だ。それを使い回すなど……
歩哨くらいしかってことは巡察や斥候派遣もしていないんかい。
マリーは思わず額を押さえたくなった。
「じゃあ、普段中隊は何をやっているというの?」
「偉い人の視察に耐えられるように道端の草刈りや清掃ですね」
それ、戦場に必要ある?
「竜の監視と称して皆でお昼寝することもありますな」
奥からの陽気な声で周囲は笑い声に包まれた。
何かがおかしい。
「皆は下士官よね。なんでこんな状態で平気でいられるの?」
「そりゃ、中隊長のご命令ですから」
「中隊長が真面目にやりなさい!っていったら真面目にやる?」
「当然です。でも、そんな日は来ないでしょうね」
「どうして?」
「馬鹿王子に娘を殺されて、真面目になんてできますか?」
「どういう事?」
「中隊長殿は男爵だったんですよ、去年まで」
「そうなの?」
「はい、今は俺達と同じ平民ですがね」
「詳しく聞かせてもらえる?」
「勿論。参謀殿は貴族の子女が通う学校ってご存知ですか?」
「うん」
「そこで中隊長の娘さんが第4王子に
またあいつか、とマリーは頭を抱え込みたくなった。
「娘さんは逃げ回ったのですが、その態度が不忠であると他の生徒から嫌がらせを受け、中隊長にも手紙で相談等していたそうなのです」
「うん」
「2年近くも中隊長は王宮に働きかけていたそうですが、学校の事は管轄外であると一蹴されたそうで」
「そう」
「事件があったのは王族や各貴族が来賓で呼ばれた卒業記念懇親会で」
「うん」
「王の前に出た第4王子が婚約者であった侯爵令嬢との婚約破棄を口にしたことで娘さんが王子を惑わしたと捕縛されて」
「え?」
「王宮裁判で王子を
「なんで?」
「中隊長も証拠となる手紙を提出したのですが、それでも情状酌量として公開の絞首刑から斬首に変更されただけで、奥さんは投獄、中隊長は爵位を剥奪されて前線送りに。ただ、第2方面軍司令が旧知の仲だったので、こちらに引き取られたいう事です」
つまりあれか、王子が馬鹿だという事を隠すために魔女におかしくされたという事にしたわけか。男爵家を犠牲にして。
これはあれだ。私でもまじめに勤務する気なんて起きないだろうな。
マリーは中隊長に一度会ってみなければ、と思いながら目の前に積まれた出鱈目な物品管理の書類に溜息が出るのを押さえられないでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます